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プロウィンキア プロウィンキア provincia

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

プロウィンキア
プロウィンキア
provincia

古代ローマが獲得したイタリア外の領域。属州と訳される。元来プロウィンキアの語は政務官の権限,領域をさし,イタリア本土に限定されていた。第1次ポエニ戦争後獲得したシチリア,次いでサルジニアは最初の海外領土で,ローマはこれに貢納義務を課し,2名の法務官 (プラエトル ) を任命してプロウィンキアを設定した。

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百科事典マイペディアの解説

プロウィンキア

一般には,古代ローマの属州。元来は公職者の権限領域の意。ポエニ戦争以後に獲得したイタリア半島以外の海外領土で,総督が軍隊を率いて統治。共和政期には属州政策は一貫性を欠き搾取が横行したが,アウグストゥス以降は元首の強権によりその安定が図られ,属州のローマ化も進んだ。

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世界大百科事典 第2版の解説

プロウィンキア【provincia】

古代ローマでは公職者の職務領域,例えばプラエトルの法秩序維持などをいい,ポエニ戦争以後はイタリア以外のローマ領(属州)もさす。属州の獲得と維持は古代帝国ローマの発展と表裏するが,国法上,属州はローマ国土でなく戦地で,属州住民は(ローマと同盟関係にある都市や部族を除き)従属外人とされ,総督が軍隊を率いて統治した。共和政期には一貫した属州政策の欠如から悪政と搾取が横行し,アウグストゥス以降,元首の強権による全属州の掌握と安定が図られた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

プロウィンキア
ぷろうぃんきあ
provinciaラテン語

元来は古代ローマの官職の職務領域を意味したが、のちに職務領域としての「属州」を意味するようになった。この意味変化は、紀元前227年新たに追加された2人のプラエトル(法務官)が、最初の海外領シチリアとサルデーニャ・コルシカを職務領域としたことから始まった。属州はその後しだいに増加し、とくに共和政末期ポンペイウスカエサルによる征服は著しく海外領を増大させた。属州設置にあたっては、征服将軍は元老院の意を受けて属州法を発し、そのなかで境界、政治体制、課税、裁判権、自由・同盟市の承認などローマ統治との関係を定めた。しかし属州総督の権限は在任中ほとんど無制限だったので、多くの属州は総督の収奪に苦しんだ。徴税を担当した請負人publicaniの搾取も属州人を苦しめた。帝政期には全属州は皇帝と元老院とで分掌され、しだいにきめの細かい統治が行われるようになり、紀元2世紀初めまでは属州も拡大した。属州のローマ化も進み、属州出身者で元老院議員や皇帝になる者も現れた。[弓削 達]

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