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ベッドフォード(伯・公家) ベッドフォード[はく・こうけ]Bedford, Earls and Dukes of

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ベッドフォード(伯・公家)
ベッドフォード[はく・こうけ]
Bedford, Earls and Dukes of

イギリスの貴族の家柄。 16世紀以降ラッセル家が保有。ヘンリー5世の弟で,百年戦争に活躍し,ジャンヌ・ダルクを引取って裁判に付したジョン・オブ・ランカスター (1389~1435) が,1414年公爵に叙せられ,次いでヘンリー7世の叔父ジャスパー・チューダー (31?~95) が,85年同じく公爵を授けられたが,続かなかった。ジョン・ラッセル (86頃~1555) は,「恩寵の巡礼」の鎮圧に功をあげ,枢密顧問官 (38) ,海軍長官 (40~42) などを歴任し,1549年西部地方の反乱の鎮圧に尽した功により,翌 50年伯爵を授けられた。その子の2代フランシス (27?~85) はエリザベス1世時代に枢密顧問官やウェールズ長官をつとめた。4代フランシス (93~1641) は,チャールズ1世に批判的で,清教徒革命の前夜に枢密顧問官として国王派と議会派の調停に努力する一方,フェンランドの排水事業やロンドンのコベントガーデン広場造営に力を注いだ。その子の5代ウィリアム (13~1700) は,長期議会の議員になり,清教徒革命には議会派将校として戦った。共和制時代には父の排水事業を推進。名誉革命後,枢密顧問官になり,1694年初代公に叙せられた。その孫の4代ジョン (10~71) は R.ウォルポール反対派で,彼の失脚後,H.ペラム,ビュート (伯) ,G.グレンビル各内閣の閣僚をつとめ,またアイルランド総督 (56~57) や枢密院議長 (63~67) にも就任。その孫の5代フランシス (65~1802) は農業改良に関心をいだくとともに,ロンドンにラッセル広場,タビストック広場を造営。彼の弟の6代ジョン (1766~1839) も農業,芸術,博物に造詣深く,コベントガーデン市場の再建をはかったが,政治生活では枢密院議員,アイルランド総督などをつとめた。現在の 13代は,邸宅ウーバーンアベーを一般公開するなど,積極的な領地経営で注目されている。

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