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メチニコフ メチニコフ Mechnikov, Il'ya(Metchnikoff, Élie)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

メチニコフ
メチニコフ
Mechnikov, Il'ya(Metchnikoff, Élie)

[生]1845.5.15. ハリコフ,イワノフカ
[没]1916.7.16. パリ
ロシア微生物学者。 1864年ハリコフ大学卒業。ペテルブルグオデッサ両大学の動物学講師,70年オデッサ大学動物学と比較解剖学教授。 82年イタリアメッシーナで微生物の研究を始め,食作用をする細胞をヒトデで発見し,これを食細胞と名づけた。

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デジタル大辞泉の解説

メチニコフ(Il'ya Il'ich Mechnikov)

[1845~1916]フランスの生物学者。ロシアに生まれ、フランスに帰化。パスツール研究所長。食細胞現象を発見するなど、細菌学に貢献。免疫の食細胞説を唱えた。1908年、エールリヒとともにノーベル生理学医学賞受賞。

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百科事典マイペディアの解説

メチニコフ

ロシア生れのフランスの生物学者。ハリコフ大学卒業後,ドイツ,イタリアに留学。のちオデッサ,ペテルブルグ大学等の教授となったが,帝政政府によって追放され,1888年パリのパスツール研究所員となる。
→関連項目食細胞

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

メチニコフ Metchnikov, Lev Il'ich

1838-1888 ロシアの語学教師。
1838年5月18日生まれ。学生運動により亡命してスイス,パリなどを放浪。留学中の大山巌(いわお)と親交をむすび,明治7年(1874)来日。東京外国語学校ロシア語教師となる。9年病で離日,スイスで地理,統計学をおしえた。1888年6月18日死去。50歳。サンクトペテルブルク出身。著作に「明治維新論」(邦訳「亡命ロシア人の見た明治維新」),「日本帝国」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

メチニコフ

没年:露暦1888.6.18(1888.6.30)
生年:露暦1838.5.18(1838.5.30)
明治期に来日したロシア人で日本史研究家。ロシアのサンクトペテルブルクに生まれた。長兄はトルストイの小説『イワン・イリイッチの死』のモデル,弟は免疫学でノーベル医学・生理学賞を受けたイリヤ・メチニコフ。ハリコフ大学生のとき,学生運動で革命を謀り,追放され,スイス,イタリアを経て,ジュネーブ留学中の大山巌 に会い,フランス語個人教授となり,その誘引で来日。明治7(1874)年東京外国語学校ロシア語教師となり,9年まで教えた。病気でスイスへ戻り,『明治維新論』(1877),『日本帝国』(1881),「日本における2年間の勤務の思い出」(1883~84,邦訳『回想の明治維新』)を発表。日本文化を高く評価し,西欧中心史観を戒めた。1883~88年ノイシャテル大教授となり,比較地理学・統計学を講じた。

(石山洋)

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世界大百科事典 第2版の解説

メチニコフ【Élie Métchinikoff】

1845‐1916
ロシア生れの動物学者,医学者。ロシア名はIl’ya Il’ich Mechnikov。ハリコフ県に生まれ,ハリコフ大学で動物学を学ぶ。4年制の課程を2年で卒業が認められると,ギーセンミュンヘンに遊学し,帰国後,1867年にオデッサ大学動物学講師,73年には教授となった。ここで,発生学,比較解剖学の研究に従事したが,82年学内紛争にまきこまれて辞職,翌年,イタリアのメッシナに赴き,海産動物について食菌現象の研究を行い,細胞の食作用を発見した。

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大辞林 第三版の解説

メチニコフ【Il'ya Il'ich Mechnikov】

1845~1916) ロシア生まれのフランスの動物学者・細菌学者。海産動物の食菌作用の研究で細胞の食作用を発見、炎症を食細胞の消化機能に基づく生体の防御機構と見る免疫学説に発展させた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

メチニコフ
めちにこふ
Илья Ильич Мечников Il'ya Il'ich Mechnikov
(1845―1916)

ロシア生まれの動物学者。ハリコフ大学卒業。ドイツのギーセン、ゲッティンゲン大学に留学。1865年学位を取得、オデッサ大学講師を経て、1868~1870年ペテルブルグ大学教授、その後オデッサ大学教授。1882年辞職してイタリアのシチリア島海洋生物を研究したが、その際、白血球の食菌現象を発見、これは白血球が細菌を取り込み消化する生体防御機能であると説明、免疫学の原点を画した。1886年パスツールの狂犬病予防ワクチン療法の普及のためオデッサ細菌研究所長に就任。1888年パリのパスツール研究所に移り、自然免疫の理論などを研究。ルーとの共同による梅毒病原のサルへの接種は梅毒動物実験の最初の報告として有名。1889~1916年パリのパスツール研究所長。1908年ドイツのエールリヒとともに、免疫に関する研究業績によりノーベル医学生理学賞を受賞。[藤野恒三郎]

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世界大百科事典内のメチニコフの言及

【炎症】より

…炎症の〈炎〉は,肺炎,中耳炎,虫垂炎などと日常使われている言葉で,身体の一部分の器官の名前の後に付けて,その部分に起こった熱や痛みを伴う病気を示している。炎症とは,このように〈炎〉の付く病気や,また〈炎〉の付かない病気でも日常よくみる“はれもの”とか“できもの”のように熱,痛み,はれを伴う病気の総称であり,腫瘍とか循環障害とか奇形などとは異なった疾患群を示す医学用語である。
[炎症の研究史]
 炎症の概念はギリシア医学の昔からプレグマphlegma(蜂巣炎,たとえば“できもの”が皮下組織に幅広く広がった状態)の言葉として使われており,この言葉は“燃える”という概念を示していた。…

【不老不死】より

…長生つまり肉体の永存をいう。いつまでも若く永遠に生きたいという人間の根源的な願望は,中国では神仙道教の教義に結実した。古代的不老不死の観念を,(1)若さを保ったまま永生を得る,(2)いったん死んでからよみがえる,という二つの型に分けるとすれば,処女のような肌をした藐姑射(はこや)の仙人や白日昇天(ある日突然身体が軽くなって昇仙する)などは前者であり,尸解(しかい)(みせかけの死のあと棺中に剣や杖を残して仙人の仲間入りをする)などは後者に属する。…

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