改訂新版 世界大百科事典 「ヤマネコ」の意味・わかりやすい解説
ヤマネコ (山猫)
wild cat
イエネコを除いた一般に小型の野生ネコの総称で,食肉目ネコ科ネコ亜科に属する。南極,オーストラリア,ニュージーランド,ニューギニア,セレベスとその東部の島々,フィリピンの大部分,日本本土,マダガスカル,西インド諸島および北極圏の島々などを除いた世界中に約29種が広く分布する。ほとんどのものは体長34~110cm,尾長11~60cmだが,オオヤマネコFelis lynxでは体長130cmに達する。また,雌ライオンに似た大型のピューマF.concolorは体長96~196cm,尾長53~79cmもあるがFelis属の一員であり,またイリオモテヤマネコMayailurus iriomotensisはヤマネコの名があるが別属である。一般に大型のヒョウ亜科のものに比べると,舌を動かし発声の際にも役だつ舌骨は1個の舌骨体と5対の棒状の骨で構成され,完全に化骨しているが,ヒョウ類では舌骨は完全に化骨せず,一部がゴム状の靱帯でつながる。また,つめを保護する肉鞘が完全ではなく,多くは獲物を捕食するときに前肢を使う頻度が低いなどの違いがある。
ヤマネコはヒョウネコ類,リビアネコ類,オオヤマネコ類などに大別される。ヒョウネコ類の多くはヒョウに似た斑紋をもつ優美な小型ネコで,耳は丸く,その背面に上下を黒で縁どられた顕著な白斑がある。きわめて原始的なイリオモテヤマネコを除いたこのグループは,さらに南アジアネコ類と南米ネコ類などに分けることができる。南アジアのヒョウネコ類は額から肩にかけて首の背面に4本の黒条が走り,尾の輪状紋が不明りょうである。代表的なのはインドからバリ,パラワン,ウスリまで広く分布し,日本の対馬にも生息するベンガルヤマネコF.bengalensis(対馬にいるのは亜種のツシマヤマネコF.b.euptilura)とインドからスマトラ,ジャワまで分布し,水中に顔をつっこんで魚をとらえるスナドリネコF.viverrinaである。他にインド半島南部とスリランカのサビイロネコF.rubiginosa,マレー半島,スマトラ,ボルネオのマライヤマネコF.planicepsがある。南アメリカのヒョウネコ類は首の背面に原則として5本の黒条が走り,尾に顕著な輪状の黒帯がある。また額の条紋はふつう点状に切れている。イリオモテヤマネコと外形が似るコドコドF.guigna,大型で斑紋が美しいオセロットF.pardalis,尾が長い樹上生のマーゲイF.wiedii,乾いた草原にすむコロコロ(パンパスキャット)F.colocolo,比較的寒冷な森林にすむジョフロイネコF.geoffroyi,高山にすむアンデスネコF.jacobitaがある。以上のほかヒョウネコ類にはアフリカのサバンナのサーバルF.serval,ヒマラヤから東南アジアに分布するアジアゴールデンキャットF.temmincki,サハラ以南のアフリカにすむアフリカゴールデンキャットF.aurata,体つきから走り方までテンやイタチに似るが,頭骨の構造はサーバルやゴールデンキャットに似る南アメリカのヤガランデ(ジャガランディ)F.yagouaroundiがある。
リビアネコ類は耳が三角形で先がとがり,その背面にふつう白斑がなく,体には原則としてトラに似た横縞をもつ小型のヤマネコで,頭が丸く,吻(ふん)が短く,尾には顕著な黒帯があり,先端が黒い。地中海地方からアジア西部,アフリカ一帯に広く分布し,イエネコF.catusの有力な祖先とされるリビアネコF.lybica,これに近縁でイギリスやヨーロッパにすむヨーロッパヤマネコF.silvestris,南西アフリカにすむ最小のヤマネコのクロアシネコF.nigripes,モロッコから中央アジアのスナネコF.margarita,北アフリカから西アジア,東南アジアまで分布するジャングルキャットF.chaus,これによく似てモンゴルなどの半砂漠にすむハイイロネコF.bietiがある。
オオヤマネコ類は耳が三角形で先端に長い毛房があり,尾が短く,容易に他のヤマネコと区別できる顕著なグループである。北アメリカのボブキャットF.rufus(=Lynx rufus),北アメリカとユーラシア大陸北部にすむオオヤマネコ,イベリア半島の山地に残るスペインオオヤマネコF.pardina,南アジアからアフリカに分布するカラカルF.caracalがある。
以上のグループのほかに,ネコ亜科の共通の祖先から分かれ出て,祖先に近い姿を保っているものに,南北アメリカに分布するピューマ,ボルネオだけにすむボルネオヤマネコF.badia,東南アジアに分布し,尾が長く樹上生で美しいマーブルキャットF.marmorata,カスピ海からチベット,シベリア南部にすむマヌルネコF.manulがある。
執筆者:今泉 忠明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報