ヨハネス[23世](読み)ヨハネス

百科事典マイペディアの解説

ヨハネス[23世]【ヨハネス】

ローマ教皇(在位1958年―1963年)。イタリア出身で前名A.G.ロンカッリ。即位前,東欧諸国に教皇使節として駐在した。教皇としては社会主義に理解を示し,国際平和を主張,教会合同を進め,第2バチカン公会議を召集した。回勅《パケム・イン・テリス(地上の平和)》(1963年)など。

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世界大百科事典 第2版の解説

ヨハネス[23世]【Johannes XXIII】

1370ころ‐1419
ローマ教皇(対立教皇)。在位1410‐15年。ナポリの貧窮貴族の家に生まれ,ボローニャ法学を修め,1402年枢機卿となり,教皇政策で重要な役割を演ずる。10年教皇に選ばれたが,その有効性は問題視されている。コンスタンツ公会議を召集したが,議決方法が不利と判断して去り,公会議は教皇に対する公会議の優越を決議し,同教皇を罷免した。彼はドイツ皇帝ジギスムントによって捕らえられ,3年間ドイツに抑留後,19年に解放された。

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世界大百科事典内のヨハネス[23世]の言及

【コンスタンツ公会議】より

…それを終わらせようと1409年に招集されたピサ教会会議は,ローマのグレゴリウス12世とアビニョンのベネディクトゥス13世とをともに罷免し,新たにアレクサンデル5世を教皇に選んだが,2人の前教皇が罷免を承認しなかったので,かえって3人の教皇が鼎立する結果となった。この異常な事態を解決するために神聖ローマ皇帝ジギスムントの強い要請に基づき,アレクサンデル5世の後任教皇ヨハネス23世が14年11月5日に招集したのがコンスタンツ公会議で,18年4月22日まで続いた。他の2人の教皇は欠席した。…

※「ヨハネス[23世]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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