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リーキー Leakey, Louis Seymour Bazett

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リーキー
Leakey, Louis Seymour Bazett

[生]1903.8.7. ケニア,カバテ
[没]1972.10.1. イギリス,ロンドン
ケニア生れのイギリスの古生物学者,人類学者。ケニア国立博物館先史学・古生物学部長で,1931年以来タンザニアのオルドバイ峡谷の発掘調査を行い,59年に妻で古生物学者のメアリー (1913.2.6~1996.12.9.) とともにオルドバイ第1層からがんじょうなタイプの猿人化石を発見,ジンジャントロプス・ボイセイと命名した。さらに 63年同地層からホモ・ハビリスの遺残を発見し,アウストラロピテクスと同時代にすでにホモ属が生息していたとし,ヒトの起源をこれまでの定説よりはるかに古いものとする新説を発表した。主著『アダムの祖先』 Adam's Ancestors (34) ,『オルドバイ峡谷』 Oldovai Gorge (65) 。人類学者でケニア国立博物館長をつとめるリチャード (1944.12.19~ ) は息子。

リーキー
Leakey, Richard

[生]1944.12.19. ナイロビ
ケニアの人類学者,環境保護活動家,政治家。フルネーム Richard Erskine Frere Leakey。人類の進化に関係する多数の化石を発見したほか,東アフリカにおける責任ある環境管理を広く訴えた。父ルイス・S.B.リーキーと母メアリー・リーキーは高名な人類学者。1967年にケニアのトゥルカナ湖の湖岸にコオビフォラ遺跡を発見した。同遺跡からはその後 10年間にリーキーらの調査隊によって約 400点のヒト科の化石が発掘されており,世界で最も豊富かつ多様な初期人類の遺物が眠る地といわれている。特に重要とされるのは,1972年に発見され,300点以上の破片からほぼ完全に復元された頭蓋骨の化石である。リーキーは,この頭蓋骨はホモ・ハビリスのものであり,比較的大きな脳をもち直立二足歩行をするこの種は 250~350万年前から東アフリカに生息し,ホモ・エレクトゥス(原人類)に進化して現生人類であるホモ・サピエンスの直接の祖先となったと主張してきた。1968~89年にケニア国立博物館館長を務め,1989年に野生生物保護管理局(ケニア野生生物公社 KWSの前身)の局長に就任。ケニアの野生生物や自然保護区の保全に献身し,KWS内の汚職防止,象牙密猟者の取り締まり,国立公園の警備の立て直しに積極的に乗り出したが,多くの敵をつくることにもなった。1993年に飛行機事故にあい両脚の膝から下を失った。1994年,モイ政権による干渉を理由に KWSを去り,野党サフィナの創設に加わった。1998~99年に KWSに復帰。1999~2001年に内閣官房長を務めた。2004年,絶滅危惧種に関する情報発信と環境保護活動支援者の連携を目的として,インターネットを利用した非営利環境保護団体ワイルドライフ・ダイレクト WildlifeDirectを設立。著書に『人類の起源』The Making of Mankind(1981)など。

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デジタル大辞泉の解説

リーキー(Louis Seymour Bazett Leakey)

[1903~1972]英国の古生物学者・人類学者。ケニア生まれ。1931年以来タンザニアのオルドバイ渓谷で発掘を続け、59年にアウストラロピテクス‐ボイセイを発見したほか、多数の霊長類化石を発見。→オルドバイ遺跡

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百科事典マイペディアの解説

リーキー

英国の人類学者,考古学者。東アフリカを中心に化石人類とその文化遺物を調査。オルドバイ遺跡におけるジンジャントロプスの発見は有名。
→関連項目霊長類

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世界大百科事典 第2版の解説

リーキー【Louis Seymour Bazett Leakey】

1903‐72
人類学者。ケニアのキクユ族に宣教していたイギリス人牧師の家庭に生まれた。1926年以来東アフリカで先史時代諸遺跡の調査を行う。ギャンブル洞窟の発掘は気候変化と編年の関係を明確にし,とくに後期旧石器時代研究上重要である。東アフリカのアシュール文化の理解に欠かせない,オロルゲサイリー,カリアンドゥシ両遺跡の発掘は,遺物の残存状態を詳細に記録した点で,発掘法としても画期的なものであった。しかしリーキーの名を世界的に知らしめたのはオルドバイ遺跡の調査である。

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大辞林 第三版の解説

リーキー【Louis Seymour Bazett Leakey】

1903~1972) イギリスの考古学者・人類学者。東アフリカで活躍し、夫人メアリーとともに1959年、タンザニアのオルドバイ峡谷でジンジャントロプス-ボイセイを発見。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

リーキー
りーきー
Louis Seymour Bazett Leakey
(1903―1972)

古生物学者、人類学者。イギリス人宣教師の長子として東アフリカに生まれ、古生物学を専攻した。1931年以後、夫人メアリーMary(1913―1996)、長子リチャードRichard(1944― )とともにタンザニアのオルドワイ谷で発掘調査を続け、多くの重要な古人類化石を発見した。とくにアウストラロピテクス・ボイセイ(旧ジンジャントロプス、1959)、ホモ・ハビリス(1960)の発見は人類学者の間に多くの議論を引き起こし、リーキー自身の説には批判があるものの、その学術的意義は大きい。またリムノピテクス、シバピテクス、プロコンスルケニアピテクスなどの第三紀霊長類化石もリーキーによって発見されたもので、これらは霊長類の進化の研究にとって不可欠の標本である。1960年代以後、人類進化の研究は飛躍的に発展したが、その基礎はリーキーによって築かれたといえる。[埴原和郎]

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世界大百科事典内のリーキーの言及

【猿人】より


[がんじょうな猿人]
 1938年,R.ブルームが南アフリカのクロムドラーイで出土の化石にパラントロプス・ロブストゥスの学名を与えて以来,南および東アフリカで多数の化石が発見されてきた。東アフリカからは,1959年にL.リーキーがジンジャントロプス・ボイジイと名づけた頭骨化石が最初であるが,まもなくリーキー自身が,その学名を,アウストラロピテクス・ボイジイに変更した。現在は全体を一つの種とみなして,アウストラロピテクス・ロブストゥスの学名で呼ぶことが多くなっている。…

【オルドバイ文化】より

…東アフリカのタンザニア北部にあり,リーキーらが調査したオルドバイOlduvai遺跡を標式とする世界最古の旧石器文化。その担い手はアウストラロピテクスで,この文化は東アフリカに始まり,中央アフリカを除くアフリカ全土および西アジアにひろがる。…

【旧石器時代】より

…ここには,前期旧石器時代のすべての時期の遺物が,多量にしかも層位的に出土するという意味で,世界で最も注目されている遺跡群がある。リーキーは1931年からオルドバイ峡谷の調査を始め,20年以上の年月をかけて多くの地点から層位的に出土する前期旧石器時代の石器群と動物化石とを発見した。人類化石はなかなか見つからなかったが,59年にメアリー夫人が地層中に原位置を保っている人類の歯3本と,岩屑の中から〈こめかみ〉の破片を発見し,下顎を欠くものの,ほとんど完全に復元できるまでの頭骨の破片を集めることができた。…

【ジンジャントロプス】より

…L.リーキーが1959年に,タンザニアのオルドバイ渓谷で発見された猿人の頭骨化石に与えた動物分類学上の属名で,東アフリカをさすアラビア語系の古称〈ジンジ〉と,ヒトを意味するギリシア語の〈アントロポス〉という語からの造語。正式の学名はジンジャントロプス・ボイジイ(種名は,リーキーの財政的援助者のボイズにちなんでいる)。…

※「リーキー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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