改訂新版 世界大百科事典 「ルネサンス音楽」の意味・わかりやすい解説
ルネサンス音楽 (ルネサンスおんがく)
ヨーロッパの音楽史において,中世とバロックの間に位置する時代の音楽。具体的には15~16世紀の音楽を指す。その様式の基本はポリフォニー技法による均整美を目標としていることで,それには人文主義の思想が根底にあるものと考えられる。具体的な様式的特徴としては,円滑で自然な旋律の流れ,豊かで響きのよい和声,対位法による緻密な声部のからみ合い,均衡のとれた形式美,そして曲全体の構成にみられる安定感を挙げることができる。また同時に厳格な中世理論からの脱皮に伴う音による自由な表現を指摘することもできよう。作品分野としては教会音楽が主流で,ミサ曲とモテットが代表的な例といえよう。一方,世俗曲の中心となるのはフランス語による歌曲シャンソンで,イタリア語のマドリガーレ(マドリガル)やドイツ語のリート(歌曲)が盛んとなるのは16世紀に入ってからのことである。このように一見声楽曲が大勢を占めるようにみえるものの,当時はまだ声楽・器楽の区別は本質的なものとは考えられず,同じ曲を両様に演奏する傾向がみられた。しかし,一方ではとくに鍵盤音楽やリュート曲などを中心に,純粋な器楽の芽生えも1500年ころまでには見受けられるに至っている。
約200年にわたるルネサンス時代は大別してブルゴーニュ楽派の活躍を中心とした初期(1420-80ころ),フランドル楽派の台頭から通模倣様式の完成に至る中期(1480-1530),円熟期であるとともにマニエリスム的傾向がみられるようになる後期(1530-1600ころ)に分けることができる。1400-20年は中世からルネサンスへの過渡期とも考えられ,フランスを中心に中世理論に基づく最も複雑な音楽が作曲され続けた一方では,J.ダンスタブルによって代表されるイギリス楽派の手によって,より単純で響きのよい作品が生み出されていた。後者の影響をたぶんに受けて成立したブルゴーニュ楽派は,中世の形式や作曲法を一部受け継ぎながらも,新鮮な感覚と素直な芸術的表現によって,まったく新しい音楽様式を確立し,国際的活躍によってその様式をヨーロッパ各地に流布した。代表的作曲家デュファイはフォーブルドンfauxbourdon技法(3声部の楽曲において,記譜された上・下声部の間隔が6度または8度からなるように作曲されており,中声部は上声部の完全4度下を演奏する。その結果,6の和音の連続が多く生ずる)をはじめとする新しい作曲技法を案出し,定旋律やモティーフで各章の統一を図った循環ミサ曲形式によって代表される均衡のとれた楽曲構成を完成した。またバンショアはデュファイとともにシャンソンの分野でおおいに活躍した。
デュファイに続く世代からはオケヘムやオブレヒトなど個性の強い作曲家たちが現れ,ルネサンス風対位法のさまざまな可能性が試みられたが,やがてフランドル楽派の手により通模倣様式が確立されるに至った。その最も模範的な例としてはジョスカン・デ・プレのミサ曲やモテットを挙げることができるが,ほかに代表的作曲家としてはイザーク,コンペールLoyset Compère(1450ころ-1518),ピエール・ド・ラ・リューPierre de La Rue(1460ころ-1518)らが重要である。また一方,この時代には個性ある地方的世俗曲の台頭がみられ,イタリアのフロットラ,ドイツのリート,スペインのビリャンシーコなどはそのよい例といえよう。
1530年ころから音楽出版の普及にも支えられて,イタリアのマドリガーレとパリ楽派のシャンソンが急速に人気を高めた。これによっても示されるように,中期において国際的様式に統一されつつあったルネサンス音楽は,後期においてしだいに地方的特色を強める傾向へと向かった。中心となるのはパレストリーナによって代表されるローマ楽派で,厳格なルネサンス風対位法の確立とともに,無伴奏によるア・カペラ演奏様式を普及させた。一方,北イタリアではウィラールトAdrian Willaert(1490ころ-1562),チプリアノ・デ・ローレCipriano de Rore(1516ころ-65),ガブリエリ(アンドレアおよびジョバンニ)らのベネチア楽派が大編成の合唱隊による立体的な演奏様式や,金管を中心とする華やかな器楽合奏様式を発展させ,バロックへの道を開いていった。マドリガーレはマレンツィオ,ジェズアルド,モンテベルディらの手によって最盛期を迎える一方,ビラネッラ,カンツォネッタ,バレットなどのより軽快な世俗歌曲も人気を集めた。ドイツではラッススらの手で国際的様式が導入され,一方プロテスタント音楽の勃興により独特の様式が開拓され,ゼンフルLudwig Senfl(1486ころ-1542ころ),ハスラーHans Leo Hassler(1564-1612),プレトリウスMichael Praetorius(1571-1621)らが活躍した。スペインではモラーレスCristóbal de Morales(1500ころ-53)やビクトリアによって個性ある国民様式が確立し,器楽の分野ではビウェーラ音楽が人気を集めた。イギリスは他のヨーロッパ各国の後を追って独自のルネサンス様式を発展させ,その結果タリスThomas Tallis(1505ころ-85),W.バード,O.ギボンズらによるアンセムやモテット,モーリーThomas Morley(1557ころ-1602),ウィールクスThomas Weelkes(1575ころ-1623),ウィルビーJohn Wilbye(1574-1638)らによるマドリガルが生まれ,器楽においてはバード,ブルJohn Bull(1562ころ-1628),ファーナビーGiles Farnaby(1563ころ-1640)らによるバージナル曲やJ.ダウランドらによるリュート曲などが盛んとなった。
→中世音楽 →バロック音楽
執筆者:金沢 正剛
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報