一般に,事物の究極の実在,絶対者,無限者,神は知られえぬと説く立場を指す。原語の中の〈知られえぬagnostic〉という言葉は,T.H.ハクスリーが1869年,《使徒行伝》でパウロの伝えるアテナイの〈知られえぬ神にagnōstō theō〉と刻まれた祭壇に言及しつつ自己の立場を語った講演が起源である。訳語は明治40年代からのものである。ハクスリー以外では,人間の認識を有限なものの経験に制限し,無限で絶対的な神については学的な認識はありえず,ただ信仰による道徳的確信をもちうるのみと説くW.ハミルトン,進化の法則で現象界を説明し認識しうるが,相対的な現象,事実の認識は科学的には思考されえぬ実在ないし力,すなわち〈知られえざるものthe Unknowable〉を前提するとし,現象や事実をその〈表明〉とみなすH.スペンサーなどが不可知論者に属する。すなわち不可知論は,絶対者,無限者は知られえない(知られうるのは有限者,相対者のみである)とするか,理論的・対象的には知られえない絶対的なものが,理論的認識,科学以外の人間の態度にとっては存在すると説くか,二つの型に分かれるのである。
執筆者:茅野 良男 インドでは古くから,一般に事実はことばによっては表現されえない,つまり概念的思考によっては把捉されえないという考えが支配的であった。したがって,インドの神秘主義者のほとんどは同時に不可知論者でもあった。例えばウパニシャッドの哲人ヤージュニャバルキヤは,アートマンは〈そうでない,そうでない〉としかいいようのないものであるとし,大乗仏教の中観派の論者ナーガールジュナ(竜樹)は,世界は不生不滅,不一不異,つまり空であり固定的言語表現による真如の把握は不可能とした。また,宗教実践上の観点から,さまざまな世界のものごとについての判断は無用である,ないしそのような判断を停止したほうが心の平安が得られるとする考えも有力であった。例えば,〈鰻のようにぬらぬらとしてとらえがたい議論〉を用いたサンジャヤ・ベーラッティプッタ,来世の存在などの形而上学的な問題に答えなかった釈迦などはそうした考えの持主であった。
執筆者:宮元 啓一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
不可知論の起源を古代ギリシアのソフィストや懐疑論者にまでさかのぼって考えることもできるが、しかし神の本体は人間によっては知られないとする中世の神学思想から始まるとみるのが妥当であろう。つまり、人間は一種の知的直観であるグノーシスgnosisによって神の本体を直接知ることができるとするグノーシス派や本体論者の主張に対し、そうしたグノーシスを否定するのがアグノスティシズム、すなわち不可知論である。
ローマ・カトリックは、神の存在は人間理性に生まれながらに備わる「自然の光」によって知られるが、しかし神の本体そのものは知られないとして、グノーシスを否定した。神は現世に生きる人間には鏡に映る姿のようにおぼろであり、神と直接に面をあわせることができるのは別の世においてであるという。
不可知論は、近世に入って、人間は有限な存在でその知力も限られており、世界それ自体が何であるかを知ることはできない、といった哲学説に再登場する。神すなわち自然の属性は無限であるが、そのうち人間が認識できるのは延長(物体)と思考(精神)だけであると説くスピノザ説や、人間の知識は印象と観念に限られていて、それらを超えた事柄は知識の対象にはならないとするヒュームの主張も、ある意味では不可知論であるし、物自体は認識できず、主観形式である時間、空間のうちに与えられる現象だけが認識できるとするカントの『純粋理性批判』での考えも、一種の不可知論といえる。また不可知論という語を初めて用いたといわれるトマス・ハクスリーやスペンサーといった実証論者は、知識を経験可能な事実だけに限り、形而上(けいじじょう)学的な諸問題に関しては、はっきり不可知論を主張したが、この傾向は現代の論理実証主義やその系統を引く分析哲学にも引き継がれている。
なお19世紀後半のドイツの自然科学者デュ・ボア・レイモンは、「世界の七つの謎(なぞ)」として、〔1〕物質と力の本質、〔2〕運動の原因、〔3〕感覚と意識の成立、〔4〕意志の自由、〔5〕生命の起源、〔6〕有機体の合目的性、〔7〕思考と言語の発達、をあげ、このうち〔5〕から〔7〕までの謎は解けるが、〔1〕から〔4〕までの謎は解くことができず、また将来においてもその解明は不可能であるとして、これらの謎について不可知論を主張した。
[宇都宮芳明]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…一つは,時空間的に制約されることのない本体(noumenon)あるいは本質を想定し,それが時空界に現れた姿を現象と考える。カントの現象概念がその典型であり,彼は物のそれ自体における姿つまり物自体と,われわれの感性にとってのその現れつまり現象とを区別し,われわれ有限な人間には物自体は認識不可能であり(不可知論),認識可能なのは現象界だけだと考えた。 それに対して,現象の背後にそうした不可知な本体を想定することは無意味であり,本質とは現象そのもののうちに認められる可知的連関にほかならないとする考え方がある。…
※「不可知論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新