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縁坐 えんざ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

縁坐
えんざ

犯罪責任の一端が,犯人と一定の親族関係に立つ第三者にまで拡大される連帯責任制度の一種。日本法におけるこの制度の存在は,早く『魏志倭人伝』にみえているが,それが中国法にならって成文化されたのは大宝,養老の2律である。

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百科事典マイペディアの解説

縁坐【えんざ】

犯罪者の一定範囲の親族に刑事責任を負わせる制度。中国法の影響で,日本でも律令時代から行われた。江戸幕府も,分国法の影響を受けて,火罪・(はりつけ)・獄門に処せられた者の妻子に縁座を認めたが,公事方御定書(くじかたおさだめがき)では主殺し・親殺しの子に限るに至った。
→関連項目連座

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世界大百科事典 第2版の解説

えんざ【縁坐 yuán zuò】

犯人本人だけでなくその一定範囲の親族を犯罪への関与の有無にかかわらず罪に問うことをいう。官吏が職務上において犯した罪について,上司や同僚が連帯して責を問われることを連坐というのと似て異なる。中国の唐律においては,謀反・大逆について,祖父,父母,妻妾,子および子の妻妾,孫,兄弟姉妹,伯父叔父,兄弟の子に及ぶ縁坐(死刑,没官,流刑など)が規定されているほか,謀叛,蠱毒(こどく)(魔法的な毒物)の製造所持,戦陣における敵との内通,一家3人以上の殺害および残虐な殺人について,ある程度の縁坐が規定されている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

縁坐
えんざ

親族の犯罪につき、関係ないにもかかわらず、刑事責任を負わされること。縁坐の語および制度は、中国で古くからあったが、世人を威嚇して犯罪を予防する目的をもった制度であった。日本の上世の律(大宝(たいほう)律、養老(ようろう)律)の縁坐の制は唐律に倣ったもので、大逆、謀叛(むほん)(のちに私鋳銭(しちゅうせん)〈民間でひそかに鋳造した銭貨〉が加えられた)について、情(じょう)を知らない犯罪人の近親を処罰した。鎌倉幕府法でも、夫が謀叛などの重罪を犯したときは妻も処罰されるというように、縁坐の制があったが、これを制限しようとする傾向が認められる。室町時代、とくにその末期から戦国時代にかけては、縁坐の制は広く行われるようになったが、ことに親の科(とが)を子にかける分国が多かった。江戸時代もその初期には、戦国時代法の影響を受けて、相当広い範囲にわたって縁坐の制を認めた場合がある。たとえば、主(しゅ)殺しのような重罪では、父母兄弟一族までも処罰したことがある。享保(きょうほう)9年(1724)の法令は、縁坐を主殺し、親殺し、および格別重い科の者の子に限っている。公事方御定書(くじかたおさだめがき)は元文(げんぶん)2年(1737)の法令によって、その範囲を主殺しおよび親殺しの罪人の子にとどめた。武士の場合にはこれ以後でも依然広範囲に縁坐制が適用された。松平定信(さだのぶ)(老中在任1787~93)の時代およびその後も武士の縁坐法の改正が幕議に上ったが、決定をみなかった。明治になってからも縁坐の制は存し、それが廃止されたのは明治15年(1882)施行の旧刑法によってである。[石井良助]

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世界大百科事典内の縁坐の言及

【遠島】より

…離島に送り,島民と雑居して生活させる刑で,《公事方御定書》(1742)以後制度が整った。武士,僧侶神職,庶民など身分を問わず適用され,武士の子の縁坐(えんざ),寺の住持の女犯(によぼん),博奕(ばくち)の主犯,幼年者の殺人や放火などに科された。死刑につぐ重刑とされ,田畑家屋敷家財を闕所(けつしよ)(没収)し,刑期は無期で,赦(しや)によって免ぜられたが,《赦律》(1862)によれば,原則として29年以上の経過が必要であった。…

【逆罪】より

…逆罪には旧悪免除の適用はなく,(しや)も行われない。一方で縁坐の制を最後まで保持したのが,主殺・親殺であった。主従・親子の関係は,幕藩社会における基本秩序として,刑法上も厚く保護されたのである。…

【刑罰】より

…社会の集団的な制裁も失われず,鋸挽(のこぎりびき),放火犯の放火場所引廻し等が行われた。責任は個人にとどまらず,血縁による他人の犯罪に関する連帯責任である縁坐,その他の関係による連坐も認められたが,将軍吉宗以後,縁坐は武士を除き事実上廃止された。また刑罰は死後にも科され,死骸塩詰のうえ,磔や情死者に対する葬儀禁止の刑等があった。…

【差控】より

…門を閉ざすが,潜門(くぐりもん)から目だたないように出入りはできた。比較的軽い刑罰ないし懲戒処分として,職務上の失策をとがめたり,あるいは親族・家臣の犯罪に縁坐・連坐せしめる場合などに用いた。自発的にも行われ,親族中一定範囲の者または家臣が処罰を受けると,その刑種によっては差控伺(うかがい)を上司に提出し,慎んで指示を待った。…

【不孝】より

…義絶は中世では不孝と同じく祖父母,父母の子孫に対する親子・祖孫関係の断絶を意味したが,不孝が純然たる同族内の行為にとどまるのに対して,義絶には,親子・祖孫関係の断絶という行為に加えて,その事実を族外世間に公示して,承認を得る手続(義絶状の作成公表)が求められた。けだし義絶は,将来起こりうべき子孫の犯罪の縁坐その他後難を避ける行為であった。しかし14世紀ごろになると,不孝は単なる族内行為ではすまされず,対外的公示が求められるようになって,義絶に近づき,ここに不孝と義絶はほぼ同義の時期を迎えた。…

【連座(連坐)】より


[日本]
 すでに古代の律令には,四等官の一人に職務上の罪があったとき,他の官吏もこれに連なって従犯の罪に問われることが規定されており,これを〈公坐相連〉といった。ところで,犯人本人だけでなく,犯人の一定範囲の親族にその犯罪責任を及ぼす〈縁坐〉は,より古く《魏志倭人伝》に見え,それが律令や鎌倉幕府法などにおいて,刑罰の対象範囲を決める重要事項として立法されている。これに比べ,連坐は主従関係,家主と同居人の関係などの連坐の有無を除いて,法的にはほとんど問題となっていない。…

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