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丹野セツ たんのセツ

百科事典マイペディアの解説

丹野セツ【たんのセツ】

社会運動家。福島県生れ。高等小学校卒業後看護婦となる。上京して社会主義婦人団体赤瀾(せきらん)会に加わり,渡辺政之輔らが組織した南葛労働会に参加。1924年渡辺と結婚,ともに日本労働組合評議会結成に参加し,頻発する労働争議を支援。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

丹野セツ たんの-セツ

1902-1987 大正-昭和時代の労働運動家。
明治35年11月3日生まれ。渡辺政之輔の妻。看護婦となり,労働運動にくわわる。大正15年共産党に入党して党婦人部長。昭和3年逮捕され,懲役7年の刑をうける。31年東京葛飾区に四ツ木診療所を開設し,労働者の医療活動につくした。55年党除名。昭和62年5月29日死去。84歳。福島県出身。

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世界大百科事典 第2版の解説

たんのせつ【丹野セツ】

1902‐87(明治35‐昭和62)
婦人運動家。福島県に生まれ,小学校卒業後看護婦となり,1921年家出し上京。社会主義思想に共鳴して,赤瀾会,南葛労働組合に参加。24年渡辺政之輔と結婚し,ともに日本労働組合評議会に加盟して労働者の解放をめざした。26年日本共産党に入党して婦人部長,27年関東婦人同盟の常任委員。28年非合法活動中に検挙され,懲役7年の刑に処された。出獄後は保健婦となり,戦後も看護婦として解放運動を続けた。【江刺 昭子】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

丹野セツ
たんのせつ
(1902―1987)

労働運動家。福島県小浜町に大工の子として生まれ、日立鉱山の長屋に育つ。日立本山(もとやま)病院見習看護婦のとき、労働者解放思想に目覚める。1921年(大正10)以来3回家出をして上京。暁民会、赤瀾(せきらん)会に参加。渡辺政之輔(まさのすけ)らの組織した「南葛(なんかつ)労働組合」に加わる。23年の亀戸(かめいど)事件で危うく死を免れ、東洋モスリン女工となる。翌24年渡辺と結婚。日清(にっしん)紡亀戸工場の女工となり、26年日本共産党再建の際入党。党婦人部長を務め、27年(昭和2)関東婦人同盟に加入。28年8月逮捕された。32年懲役7年の判決を受け、非転向を貫き、宮城刑務所に下獄。38年満期出獄、中国への脱出を試みたが失敗。敗戦後は56年(昭和31)東京都葛飾(かつしか)区に四ツ木診療所を創立し、のち四ツ木病院理事。[吉見周子]
『山代巴・牧瀬菊枝編『丹野セツ――革命運動に生きる』(1969・勁草書房)』

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