能の舞事の用語。足遣いを主とした特殊な舞事で,《道成寺》の白拍子(前ジテ)のみに用いる。古くは金春(こんぱる)流の《道成寺》,観世流《檜垣(ひがき)》の老白拍子,宝生流《草紙洗》の小野小町,金剛流《住吉詣》の御随身と4流それぞれにあったが,江戸時代以降は各流とも《道成寺》のみで舞われる。囃子は小鼓だけで奏する(笛がところどころでアシラウ)のが特徴で,小鼓方はやや右を向きシテに対する。長い間(ま)を置いた鋭い掛声や小鼓の打音と同時にシテは足を踏み出したり爪先やかかとを上げ下ろしたりし,囃子の段ごとに足拍子を踏んで段落をつける。舞台の正面向きから始められ,小さく左へ鱗型(三角形)に回り,再び正面を向くと〈中(なか)ノ段〉でテンポが速くなり,〈道成(みちなり)の卿,承り〉と〈乱拍子謡〉をとぎれとぎれに謡いこんで終わり,〈急ノ舞〉になる。段数は流派や演出によって異なるが,中ノ段まで八段,全体で十三段くらいのことが多い。シテは小鼓がはかる間を心ではかりながら舞い進め,両者がはかる呼吸の間合いが緊張感を生む。
《道成寺》は各段とも習物(習(ならい))とされるが,とくにシテ方,小鼓方は重い習物になっている。歌舞伎舞踊にも〈乱拍子ノ舞〉があるが,能とは異なりきわめて簡単なものである。乱拍子は古くから行われた反閇(へんばい)をとり入れた芸能と思われる。大和多武峰(とうのみね)の延年に〈乱拍子〉の演目があり,岐阜県郡上(ぐじよう)市の旧白鳥町の長滝白山神社の祭り(1月6日)に行われる延年の〈乱拍子ノ舞〉は,2人の稚児がそれぞれ牡丹と菊の造花を持って,特殊な足どりで舞台を回り,足拍子を踏む舞である。
→道成寺
執筆者:松本 雍
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…その再興の日のこと,住職(ワキ)は能力(のうりき)(アイ)に女人禁制を申し渡す。そこへ白拍子の女(前ジテ)が来て能力に頼みこみ,舞を見せることを条件に寺内に入れてもらい,乱拍子(らんびようし)など舞ううち,隙をうかがって鐘に近づくと鐘は落下し,女はその中に消えた(〈乱拍子・急ノ舞・ノリ地〉)。能力から知らされた住職は,それは怨霊の仕業であろうと次のように物語る。…
…能の舞事には,笛(能管)・小鼓・大鼓で奏する〈大小物(だいしようもの)〉と太鼓の入る〈太鼓物〉とがあるが,その両者を含めて,笛の基本の楽句である地(じ)の種類によって分類されることが多い。すなわち,呂中干(りよちゆうかん)の地といわれる共用の地を用いる〈序ノ舞〉〈真(しん)ノ序ノ舞〉〈中ノ舞(ちゆうのまい)〉〈早舞(はやまい)〉〈男舞(おとこまい)〉〈神舞(かみまい)〉〈急ノ舞〉〈破ノ舞(はのまい)〉などと,それぞれが固有の地を用いる〈楽(がく)〉〈神楽(かぐら)〉〈羯鼓(かつこ)〉〈鷺乱(さぎみだれ)(《鷺》)〉〈猩々乱(《猩々》)〉〈獅子(《石橋(しやつきよう)》)〉〈乱拍子(《道成寺》)〉などの2種がある。〈序ノ舞〉は女体,老体などの役が物静かに舞うもので,《井筒》《江口》《定家》などの大小物と《小塩(おしお)》《羽衣》などの太鼓物がある。…
※「乱拍子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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