《徒然草》226段に《平家物語》の作者として伝えられる。生没年不詳。後鳥羽院のとき,〈稽古の誉〉があったが,〈楽府の御論義の番にめされて,七徳の舞をふたつ忘れ〉〈五徳の冠者〉とあだ名されたのをつらく思い,学問を捨てて遁世したが,天台座主慈円に扶持され,のちに〈この行長入道,平家物語を作りて,生仏(しようぶつ)といひける盲目に教て語らせけり〉とある。行長に関して,《徒然草集説》(1701)では,中山行隆の子,下野守行長に比定されている。《徒然草》にいう〈生仏といひける盲目〉は,当道(とうどう)座(平曲を語る琵琶法師の芸能座)の伝書類にも〈性仏〉としてみえる。おそらく《徒然草》の行長・生仏合作説は,中世に行われた盲人による《平家物語》作者伝承の一つとして考えるべきだろう。同じく盲人伝承をのせる《臥雲日軒録》《蔗軒日録》《醍醐雑抄》《平家勘文録》などと併せ考えるべきで,《徒然草》226段だけから《平家物語》の成立を論じることはできない。
執筆者:兵藤 裕己
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『徒然草(つれづれぐさ)』226段に『平家物語』の作者として記されている人物。後鳥羽院(ごとばいん)の時代に出家遁世(とんせい)、慈円(じえん)に養われて『平家物語』を書き、盲目法師生仏(しょうぶつ)に語らせたという。この人物は中山行隆(ゆきたか)の子で下野守(しもつけのかみ)であった行長とする説が有力であり、「信濃前司」は「下野前司」の誤りかとされている。父行隆の出世が『平家物語』にことさら記され(巻3)、葉室(はむろ)家といわれる彼の家系には、古来『平家物語』作者と伝承されてきた人物が多いからである。しかし、この説の当否を含め、作者と認定するにはなお多くの疑問を残す。
[日下 力]
『山田孝雄著『平家物語考』再版(1968・勉誠社)』▽『市古貞次編『平家物語研究事典』(1978・明治書院)』
生没年不詳。「徒然草(つれづれぐさ)」に「平家物語」の作者として記された人物。後鳥羽上皇時代の楽府(がふ)論議で面目を失い,「五徳の冠者」とあだ名され遁世。のちその才を惜しんだ慈円(じえん)に扶持され,東国出身の琵琶法師生仏(しょうぶつ)を介して武士に武家弓馬の業をただしながら「平家物語」を作り,生仏に語らせたという。出自も不詳だが,慈円の兄九条兼実の家司で「玉葉」などにみえる下野守藤原行長とされる。行長は「平家物語」の「行隆之沙汰」に描かれる藤原(中山)行隆の子で中山中納言顕時の孫,母は美福門院越前。元久詩歌合作者。ただし信濃守となった確証はない。「尊卑分脈」「醍醐雑抄」は従弟の葉室時長作者説をとる。これによると,行長作者説は「平家物語」成立と中山家との関係を示すとも考えられる。
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(五味文彦)
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…〈平家琵琶〉〈平家〉〈平語(へいご)〉ともいわれたが,最近は〈平曲〉の名称が一般的である。
[歴史]
起源には諸説あるが,なかでも有力視されているのは《徒然草》の記述で,それによると,後鳥羽院の時代に天台宗座主慈鎮(じちん)(慈円)の扶持を受けていた雅楽の名人,信濃前司行長(しなののぜんじゆきなが)が《平家物語》を作り,生仏(しようぶつ)という東国出身の盲人に教えて語らせたのが初めという。天台宗では慈覚大師(円仁)以後,民衆教化のために〈和讃(わさん)〉や〈講式〉といった宗教的な語り物を積極的に作り出していた。…
…現存史料によるかぎり,遅くとも1240年(仁治1)当時,《治承物語》とも称した6巻本が成立していたことは確かである。吉田兼好の《徒然草》226段によれば,九条家の出身で天台座主にも就任した慈円に扶持されていた遁世者信濃前司行長が,東国武士の生態にもくわしい盲人生仏(しようぶつ)の協力をえて《平家物語》を作り,彼に語らせ,以後,生仏の語り口を琵琶法師が伝えたという。信濃前司行長については実在が確認できないが,慈円の兄九条兼実の邸に,その家司として仕えた下野守行長がいたし,青蓮院門跡に入った慈円が,保元の乱以来の戦没者の霊を弔うために大懺法(だいせんぽう)院をおこし,その仏事に奉仕させる,もろもろの芸ある者を召しかかえたことが確かなので,《徒然草》の伝える説には,単なる伝承としてしりぞけられないものがあるだろう。…
※「信濃前司行長」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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