中国の文体名。官吏登用試験である科挙の答案文。〈経義〉〈制芸〉〈時文〉などの別名がある。〈経義〉とも呼ばれるのは,四書五経のなかから選んだ文句が出題され,その義(意味)を受験者がみずから聖賢になったつもりで敷衍したからである。その文章はすこぶる形式に厳格で,明代になって完成した。明・清時代の知識人はいかに詩文に優れ学識が深かろうと,この文体に習熟しなければ科挙に合格はしなかった。明代きっての文豪帰有光や乾隆の格調派の指導者で帝の左右の文臣沈徳潜(しんとくせん)が進士になったのが,60歳を超えていたことからも,その一端がしのばれよう。制度として〈経義〉を課したのは,北宋の王安石であるというが,形式の整ってきたのは元になってからで,明の成化・弘治年間(1465-1505)には唐順之,茅坤,帰有光などの古文作家がこれに古文の手法を応用して新鮮味を添え,以降清朝の末年,1898年(光緒24)に康有為の上奏により廃止されるまで,受験生によって書きつづけられた。清代の八股文の名手には桐城派古文の始祖方苞の兄の方舟があり,方苞の〈兄百川墓誌銘〉にも〈制挙の文を以て天下に名あり〉と誌(しる)されている。《方百川先生経義》2冊があり,これはなぜか公羊学系の詩人龔自珍(きようじちん)の愛読書であった。しかし一般的に知識人たちは八股文に習熟するために多大の労力を費やし,その空しい努力はしばしば識者の批判の的になった。八股文の定型は,(1)破承,(2)起講,(3)入題,(4)起股,(5)虚股,(6)中股,(7)後股,(8)結束となっており,起股から後股まではさらに二つの〈比〉と呼ばれる対句で構成されている。四股がそれぞれ二比に分かれているので八股というようになった。現代では毛沢東の〈党八股に反対せよ〉(1942年)の提唱以来,八股の語は,形式主義的な文風に対する整風運動として否定的に用いられている。毛沢東は主観主義とセクト主義が党八股をその宣伝の道具,または表現形態としていると断定した。
執筆者:佐藤 一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
中国の文体の一種。明(みん)・清(しん)代の科挙(かきょ)(高級官吏資格試験制度)に課した特別の形式の文章で、四書・五経の一、二句あるいは数句を題として、古人に成り代わってその意味を敷衍(ふえん)することが制定当初の趣旨であった。1370年(洪武3)8月9日の郷試(きょうし)に初めて採用してから1901年(光緒27)に廃止されるまで、知識階級を悩ませた。初めは出題方法や文章の形式に特別の規定はなかったが、1384年3月に公布した「科挙成式」(科挙定式ともいう)に、四書は『朱子(しゅし)』の集注(しっちゅう)、『易経』は『程氏易伝』と『朱子本義』のように、それぞれ根拠とする書物が指定された。永楽(えいらく)年間(1403~24)には『四書五経大全』を主として使うようになり、経文の解釈は一本化した。その結果として文章形式がしだいに固まって、1487年(成化23)の会試以後は、破題、承題、起講、入題、起股、虚股、中股、後股、結束の部分から構成されるようになった。その起・虚・中・後の股は独特の長い対句からなり、それが8本の柱を立てたようなので八股文の名称が生まれた。「股」は対偶の意。指定された経書の意味を基にして文をつくるという立場から、経義、制義の名称もある。明の中期以後には八股文の参考書が多くつくられ、受験生はその例文の字句を暗記して文章をつくるようになって、資料としての価値がなくなり、清代に科挙の弊害が議論され、1901年に廃止された。
[横田輝俊]
『横田輝俊著『八股文』(鈴木修次他編『中国文化叢書4 文学概論』所収・1967・大修館書店)』
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科挙の答案に用いられた文体。経書から出される問題について論文を書くのに厳格な形式があり,その本論の部分を8章節に分けて書くのでこの名がある。この文体は明代に確立したが,極端な形式主義は真の学問や教養を阻害したとされる。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…大きな文字を筆画正しく書くことから始めて小さな文字にうつり,やがて碑帖の臨摹(りんも)にすすんだ。〈対句〉は中国の詩文の基本であるとともに,科挙試験で用いられた〈八股文(はつこぶん)〉は厳密な対句が要求される文体であったため,いきおい重視されたのである。一字対から始めて二字対,三字対とすすみ,五字対ないし七字対となれば自然に五言詩ないし七言詩の1句となるわけである。…
※「八股文」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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