江戸時代,訴訟・裁判のため出府した者を宿泊させた宿屋で,公事人宿ともいい,その主人・下代などは訴訟行為の補佐をすることが公認されており,職業的弁護士類似の役割を果たした。江戸の公事宿は〈江戸宿〉というのが公称で,馬喰町小伝馬町組旅人(りよじん)宿,八拾二軒組百姓宿,三拾軒組百姓宿の3組合が株仲間を形成しており,差紙(さしがみ)(役所への召喚状)の送達を委任されていたほか,宿預(やどあずけ)(宿での勾留。吟味筋,出入筋とも行われた)の者に対する責任を負い,また評定所や奉行所などへの出火駈付(かけつけ)の義務などが課されていた。遠国の奉行所,代官陣屋所在地にあるものは〈郷宿(ごうやど)〉と称する。公事宿は依頼者に裁判手続ないし訴訟技術を教導し,役所に提出すべき書面の代書を行い,また懸合(かけあい)茶屋などで内済(和解)の交渉にも当たったが,法廷へは訴訟当事者や被糾問者の差添人として出頭する。幕府法では本人訴訟主義が原則であって,代人(訴訟代理人)は本人の親族,奉公人などにしか許されず,公事宿も基本的には訴訟行為の補佐をするにとどまったが,吟味筋においては補佐人としての活動の場も事実上きわめて限られていた。公事宿はまた,裁判役所と訴訟当事者との間を周旋するという性格も強く,役所にとっても不可欠の存在となっていた。江戸では馬喰町付近に多く集まり,しばしば川柳などの好題材にもされており,その繁盛ぶりをうかがうことができる。
執筆者:神保 文夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
江戸時代、訴訟、裁判などで江戸へきた者を宿泊させ、訴訟指揮を請け負った旅宿のこと。江戸以外では郷宿(ごうやど)という所が多い。江戸では大別して旅人宿と百姓宿に分けられ、ともに江戸宿ともいった。旅人宿は馬喰(ばくろ)町近辺に集中し、一般人も旅宿させた。100人前後の株仲間が組織されていたが、公事宿を主にしていたのは半数以下であった。百姓宿は、一般人の旅宿は禁止され、公事方勘定奉行所(かんじょうぶぎょうしょ)とのかかわりが強かったので、神田や日本橋などに多かった。公事宿は、訴訟のために出府した宿泊者の訴状の作成、訴訟手続の代理、訴訟相手に示す目安裏書(めやすうらがき)と江戸への出頭を求める差紙(さしがみ)の送達、白州(しらす)での訴訟補佐などをおもな業務とした。このほか、訴訟が長期にわたることが多かったので、公事宿が仲裁に入って和解させてしまうこともしばしばあった。
[青木美智男]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…訴訟当事者の依頼を受けて訴訟技術を教示し,書面の代書を行い,内済(ないさい)(和解)の斡旋をするほか,当事者の親族・奉公人あるいは町村役人などを偽称して出廷し,訴訟行為の代理ないし補佐を行って礼金を得,また古い借金証文や売掛帳面などを買い取り,相手方が訴訟による失費や手間をいとい内済すると見通して出訴するなど,裁判・訴訟に関する知識や技術を利用したさまざまな行為を稼業とした。公事宿の主人・下代などが公事師として活動した場合も少なくないが,それ以外にも公事師は町方・在方に多数存在し,江戸では公事宿の〈雇下代〉となっている者もおり,また与力・同心と懇意の者すらあった。幕府は公事師による濫訴や違法な訴訟代理などを抑制・禁止する触を繰り返し発し,また譲(ゆずり)証文による出訴にも種々の制限を加えるなどしているが,実際には幕末まで跡を絶たなかった。…
※「公事宿」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新