通常,公務員が職務を執行するにあたり,これに対して暴行または脅迫を加える罪をいう(刑法95条1項)。刑は3年以下の懲役または禁錮。公務員の職務の執行は,個人の自由,財産等に対する侵害を伴うことが多く,公務執行妨害罪はしばしば政治犯的性格を帯びる。法定刑に,懲役のほかに禁錮が規定されているのもそのためである。なお,刑法典2編5章は〈公務の執行を妨害する罪〉という章名の下に広義の公務執行妨害罪について規定する。前記の(1)狭義の公務執行妨害罪のほかに,(2)公務員にある処分をさせもしくはさせないため,またはその職を辞せしめるために暴行・脅迫を加える職務強要罪(95条2項。刑は(1)と同じ),(3)公務員が施した封印や差押えの標示を損壊し,またはその他の方法で封印や標示を無効にする封印破棄罪(96条。刑は2年以下の懲役または20万円以下の罰金)),(4)強制執行を免れるために,財産を隠匿,損壊,仮装譲渡し,または仮装の債務を負担する強制執行免脱罪(96条の2。刑は2年以下の懲役または50万円以下の罰金),(5)偽計・威力を用い,公の競売または入札の公正を害する行為を行う競売入札妨害罪(96条の3-1項。刑は2年以下の懲役または250万円以下の罰金),(6)公正な価格を害し,または不正な利益を得る目的で談合する談合罪(96条の3-2項。刑は(5)と同じ)がある。以下,狭義の公務執行妨害罪について説明する。
公務執行妨害罪は,改定律例,旧刑法におけるように公務員の地位,身分,名誉等を厚く保護するのではなく,〈公務〉そのものを保護するものである。実際には,公務員の地位が保護される面があるとしても,それは,公務を保護することの反射的効果のゆえにである。本罪が成立するためには,公務員の職務行為は適法でなければならない。近代法治国家では,国家の権力的作用といえども法の定める要件を遵守しなければならず,違法な国家作用は法の保護に価しない。これには反対説もあるが,通説・判例も原則的にはこれを認める。しかし,その適法性のためには次の要件のどこまでを具備しなければならないかについては争いがある。第1に,職務行為は公務員の抽象的権限に属していなければならない。究極的に法令に根拠を有すればよく,必ずしも明示の規定を要しない。たとえば租税を徴収する行為は,警察官の抽象的職務権限に属さない。第2に,職務行為は,その公務員の具体的職務権限内にあることが必要である。たとえば,執行官は強制執行について一般的職務権限を有するが,債務名義なしに強制執行をすることは許されない。第3に,職務行為の有効要件である法律上重要な方式・条件をふんでいなければならない。たとえば,令状による逮捕の際は,令状を被疑者に示さなければならず,この方式をふまない逮捕行為は違法である。しかし,職務行為に軽微なあるいは形式的な法令違反があったとしても,効力に影響を及ぼさない場合には,その職務行為は適法である。さらに,職務行為の適法性の判断基準をだれに求めるかについては,当該公務員が適法と信じたかどうかによって決めるべきだとする主観説,裁判所が法令を解釈して客観的に判断するのが妥当と解する客観説,行為時に一般人の見解(社会通念)を標準として定めるべきだとする折衷説等が対立している。
本罪の手段たる暴行・脅迫(ただし,種々の特別法においては暴行・脅迫以外の方法による公務の妨害が罪とされている)は,公務員の職務執行を妨害するに足る程度のものでなければならないが,現実に妨害されたという事実は必要ではない。判例は,暴行は公務員に向けられたことが必要であるが,必ずしも直接公務員の身体に対して加えられていなくとも,公務員の身体に〈物理的に感応〉すものであれば足ると解している。たとえば押収物を警察官の面前で踏みつぶす行為も本罪の暴行にあたるとされる。また,暴行・脅迫は積極的なものでなければならない。さらに,暴行・脅迫は職務を執行するに際して加えられなければならず,たとえば,交番で休憩中の警察官に暴行を加えた場合は本罪の対象にならない。本罪の〈公務〉は,強制的・権力的公務のみならず,非権力的公務をも含むと解するのが判例である。しかし他方で判例は,国鉄(現JR)職員の行う非権力的な現業的公務を,暴行・脅迫に至らない〈威力〉によって妨害した場合には,威力業務妨害罪(234条)の成立を認めるのに対し,権力的公務には威力業務妨害罪は成立しないと解している。それゆえ,威力業務妨害罪では,非権力的公務だけが厚く保護されることから,本罪の〈公務〉を権力的公務に限定すべきだという見解も有力に主張されている。なお,政治目的をもってする本罪の予備・教唆等は破壊活動防止法(40条3号)により罰せられる。
執筆者:堀内 捷三
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公務員がその職務を執行するにあたり、これを暴行または脅迫によって妨害する罪であり、3年以下の懲役もしくは禁錮、または50万円以下の罰金に処される(刑法95条1項)。広義では、刑法第2編第5章の「公務の執行を妨害する罪」を意味し、ここには、本罪のほか、職務強要罪、封印破棄罪、強制執行免脱罪、競売入札妨害罪および談合罪が含まれる(ここでは狭義の公務執行妨害罪について述べる)。
本罪は、沿革的には、旧刑法の官吏抗拒罪(139条)に由来し、国家の権力的作用に対する抵抗罪としての性格を有する。本罪の典型的事例として、警察官によるデモ規制や現行犯逮捕に対して実力で抵抗する場合があげられる。本罪における行為の客体は日本の公務員である。公務員とは一般に、法令により公務に従事する職員をいう(刑法7条参照)。この場合の公務員には、法令により公務員とみなされる者を含むから、たとえば郵便局の職員などもこれにあたる。ただ、本罪における公務員の行う職務(公務)のなかに権力的公務のほかに郵便職員などの行う非権力的または私企業的公務も含まれるか、につき争いがある。判例は両者を含むものと解しているが、学説上は今日では、権力的公務に限るとする説がむしろ一般的である。
本罪における職務執行は適法なものであることを要するか、また、この場合に適法性の要件は何か、が問題となる。この点につき法律上の明文はないが、一般に、本罪が成立するためには、職務の適法性を要するものと解されている。したがって、警察官の違法な職務執行を実力で妨害しても、本罪は成立せず、むしろ正当防衛が可能となる。ただ、職務の適法性とは何をいうかにつき、公務員の行う行為が当該公務員の抽象的職務権限内のものであり、かつ、具体的権限を有する場合でなければならないが、さらにその職務行為が法令上の手続や方式をどの程度満たしている必要があるか、が争われている。この点につき、「重大かつ明白な瑕疵(かし)」があり、行政法上も無効でない限りその職務行為は適法であるという見解もあるが、少なくとも市民の自由や人権に重大な影響をもたらす場合には、この要件を厳格に解すべきであろう。
[名和鐵郎]
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…〈業務〉とは,職業その他継続して従事する事務または事業をいうが,公務も含まれるかが問題となる。つまり,公務執行妨害罪の保護客体となる公務も,業務として二重に保護すべきかどうか,ということであるが,業務は,暴行・脅迫のほか,偽計・威力による妨害行為からも保護されるため,当該の公務の性質とも関係して,どの範囲まで公務を業務に含めるかが争われている。なお,業務妨害罪は,労働争議に関係して問題となることが多いが,争議行為として正当と認められる範囲内にとどまる限りにおいては,犯罪とはならない(労働組合法1条2項,刑法35条)。…
※「公務執行妨害罪」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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