日本古代の律令国家の国制の基本的な性格の一つとして,近代史学がつくりあげた概念。すべての土地と人民は朝廷に属するとし,豪族の私地私民に対立する概念。大化改新によって私地私民を廃止し,公地公民の政策が打ち出され,約半世紀後の大宝律令の施行によって公地公民制が確立したというのが通説である。しかし,すでに中田薫が指摘しているように,律令においては,口分田(くぶんでん)は私田とされていた。口分田を公民に班給する班田収授制は,公地公民制の中心的な施策と考えられてきたが,その口分田が律令においては公田でなく私田とされていたのである。このような公田-私田の枠組みは,中国律令からそのまま継受したものであり,中国律令では公は官に,私は民に近似した概念であった。しかし日本には,そのような中国律令的な公-私の観念とは異なる公の観念が,大宝律令以前にすでに存在していた。例えば宣命などにみえる〈天下公民〉は,天下の人民一般をさす言葉であり,中国的な公の観念による〈官の直属民〉ではなかった。田地についても,律令とは異なり口分田を公田とする公の観念が,墾田永年私財法の施行された8世紀中ごろから生じてくるが,そのような公田の観念は,公民の公の観念に通ずるものである。したがって口分田を公田と観念する潜在的可能性は,律令制施行の当初から存在していたと考えられる。このような公田・公民の観念は,中国の伝統的な王土王臣思想と類似する面もあるが,すべての土地を王土とし,すべての民を王臣とする王土王臣思想は,公と私との分裂を前提とし,それを包括する高次の観念であった。しかし,在地首長が代表する未開な共同体をそのまま支配体制のなかに取り込み,それを基礎にして成立した日本の律令国家においては,まだ公田と私田との本格的な分裂はおこっていなかったと考えられる。水田の開発と維持は,在地首長の主導する共同体的労働に依存する面が強く,庶民の水田に対する権利は弱かったと想定される。そこでは,口分田を私田とする律令的な観念よりも,口分田を公田とみなす観念の方がより適合的であった。その意味では,律令の公-私の体系とは矛盾するが,公地公民は日本の律令国家の基本的な性格の一つであるといえよう。
執筆者:吉田 孝
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律令(りつりょう)制の基本原則の一つ。大和(やまと)国家は私地私民を原則として直轄領以外は諸豪族による国土の間接支配を行い、世襲職制によってしだいに政治組織を整備していったが、7世紀に入って東アジアの緊張が中国と朝鮮の間で高まり、日本は軍事力の強化と国内の政治的安定のために、強力な中央集権国家の形成が急務となった。このため、まず645年(大化1)に中大兄(なかのおおえ)皇子、中臣鎌足(なかとみのかまたり)らは旧体制を維持しようとする蘇我(そが)氏をクーデターによって排除し、翌年正月に国制改革の方針を「改新の詔」の形で発表した(大化改新)。これは、中国の律令制度を導入して公地公民主義を採用し、すべての土地(主として既耕の水田)と人民を国家の領有とするとともに、官僚制による強力な中央集権体制を樹立しようとするものであり、以後、この方向に沿って大宝(たいほう)律令(701)の制定までの約半世紀にわたって、公地公民の確立に努めた。公地と公民は律令の法文上では天皇の所有のような表現がとられているが、現実には中央豪族(貴族)全体による共有とみるべきであり、旧来の氏姓制体制下での彼らの諸特権は、いろいろな形で確保されている。公地の中心をなすのは口分田(くぶんでん)であるが、そのほか官田、位田、職田(しきでん)、功田、賜田、諸司田、寺田、神田があった。公民とは口分田の班給を受け、戸籍に登録されて国家に租税を納める良民をいい、品部(しなべ)、雑戸(ざっこ)もこのなかに含まれているが、貴族や賤民(せんみん)はこれから除外されている。推古(すいこ)天皇のころから公民という語が使われているが、これは屯倉(みやけ)の田部(たべ)や各種の職業部、あるいは御名代(みなしろ)の部のような朝廷所属の民を公民といっているにすぎないので、律令的公民の理念を示したものとみるべきではない。
[平田耿二]
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…そして(3)の山川藪沢とは,(1)(2)以外のすべての土地をさし,その私有は認められず,禁野以外の土地は人民の焼畑耕作や採草その他の共同利用に任せられた。一般に律令体制の基本理念として〈公地公民〉ということが言われるが,その公地制すなわち土地私有の否認という原理は,経済的価値の最も高い水田において貫徹しており,ついで山川藪沢の一部すなわちとくに空閑地と表現される開墾可能な原野においてもなお維持されていた。したがって私有に近い権利を認められていた園地と宅地とは,むしろ例外的な取扱いを受けていたと見ることができよう。…
※「公地公民」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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