大本教の教祖。丹波国福知山(現,京都府福知山市)の大工桐村五郎三郎と妻そよの長女として生まれた。貧しさゆえに11歳で最初の奉公に出,以後6年間働く。奉公先から桐村家にもどってまもなく,18歳で子どものいない叔母出口ゆりの養女になるが,半年で実家にもどった。財産をめぐるトラブルからゆりは自殺し,まもなくなおは叔母の死霊にとりつかれる。1855年(安政2)なおは再び出口家をつぎ,四方豊助(出口政五郎)を婿とした。11人の子を生んだが,3人の子を失い,3男5女を育てた。しかし,72年(明治5)には夫政五郎の放蕩で家財いっさいを失い,やがて再び貧乏のどん底に落ちた。さらに政五郎は,85年に半身不随となった。なおは生活を支えるために一膳飯屋,まんじゅう屋,さらにぼろ買の仕事にまで手を染め,こじき寸前の生活まで落ち,長男の自殺未遂,家出など悲しい体験をくりかえした。90年に三女ひさが,翌91年には長女よねが発狂した。2人の娘のあいつぐ発狂は,長年の過酷な人生に疲れ果てたなおに追いうちをかけ,彼女は亀岡の金光(こんこう)教布教師の説く〈艮(うしとら)の金神〉に救いを求めた。92年1月5日,心身の疲労が極限状況に達したなおは,突然〈われは艮の金神なるぞ。神はなおの体を社として借りたぞよ〉と口走った。神がかったなおは,さらに〈三千世界一度に開く梅の花,艮の金神の世になりたぞよ……艮の金神現われて,世の立替を致すぞよ〉と,世界の〈大立替〉を予言した。94年に金光教の布教師となったが,のち決別して大本教を独立させ,みずからを〈艮の金神〉と称し,病気治しを中心とした宗教活動をはじめた。しかし,なぜ病気が直るのか,なぜ信仰によって幸福になれるのかといった,救いの哲学を生み出すことができず,みずからの体に宿った〈艮の金神〉を理解し,みずから神の言葉をしるした〈筆先〉を教義として体系化してくれる協力者を求めつづけた。
98年上田喜三郎(出口王仁三郎)と出会い,翌99年王仁三郎は大本教へ入会,1900年なおの五女すみと結婚し,5年をかけて教義の体系化に力をそそいだ。こうしてなおは,大本教を開教して王仁三郎とともにその基礎を築き,信徒は各地で増加した。
→大本教
執筆者:小栗 純子
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宗教家。大本(おおもと)教開祖。丹波(たんば)国(京都府)綾部(あやべ)の貧しい大工の未亡人で、1892年(明治25)神がかりして大本教を開き、周囲の農民・商工民に「艮(うしとら)の金神(こんじん)」の信仰を説いた。翌1893年から「筆先(ふでさき)」を書き始め、艮の金神による世の立て替え立て直しを訴えた。復古的・農本的な理想世界「みろくの世」の実現を約束し、外来の文明を拒否し資本主義社会を激しく批判した。のち彼女は娘婿の出口王仁三郎(おにさぶろう)とともに教団を率い、大本教は大正期から昭和初期にかけて全国的に目覚ましく発展した。しかし、不敬罪などによる大本教への第一次弾圧(1921年)の3年前に老衰で没した。
[村上重良 2018年6月19日]
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1836.12.16~1918.11.6
明治・大正期の宗教家。大本(おおもと)教の教祖。丹波国生れ。出口家の養子となり,政五郎を婿に迎えた。出口家は明治維新期に没落し,なおは生活の辛酸をなめ,金光(こんこう)教に入信。1892年(明治25)最初の神がかりを体験。のち神の言葉を書き付けるようになり,大本教の教義「お筆先」となった。布教の合法化のために金光教の綾部布教所に同居するが,金光教としだいに対立して独立。大本教は婿養子の出口王仁三郎(おにさぶろう)に至って教勢を拡大するが,なおの時期は地方教団的なものにとどまっていた。
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…京都府綾部に本部を置く神道系の宗教。教祖出口なおは1836年(天保7)丹波国(京都府)の大工の長女として生まれ,のち出口家の養女となって,大工の夫を婿に迎えた。夫の放蕩で家財いっさいを失い,ついにはぼろ買いをするほどの生活苦を体験した。…
…その根本神は,天地金乃神と呼ばれている。出口なおの創唱した大本教も,初期に金光教の影響を受け,鬼門にいる艮(うしとら)の金神による世の中の立替えを説いた。こうした祟り神や悪神の福神化の傾向は,社会変動期に現れる民衆の宗教運動の特質の一つである。…
※「出口ナオ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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