分析法学(読み)ぶんせきほうがく(その他表記)analytical jurisprudence

改訂新版 世界大百科事典 「分析法学」の意味・わかりやすい解説

分析法学 (ぶんせきほうがく)
analytical jurisprudence

19世紀のイギリスにおいて,J.ベンサム理論を受け継いだJ.オースティンによって提唱された法学理論。オースティンによれば,法学の対象である実定法は,それぞれの社会において,独自の体系をなして存在しているが,それぞれの特殊性にもかかわらず,とくに文化の進んだ社会相互間ではそれぞれの法体系に共通する諸原理,諸概念,諸区分が存する。分析法学(オースティン自らは一般法学general jurisprudenceと呼んでいる)は,成熟した法体系に共通する諸原理,諸概念,諸区分を客観的に分析する学問として創設されたものである。彼はその素材をとくにイギリス法とローマ法に求めた。ところで,彼はその前提として,実定法の概念を確定した。彼はまず〈固有の意味での法〉は命令であるというところから出発し,〈厳密な意味での法〉すなわち実定法は,独立政治社会における主権者がその独立政治社会の成員に対して創設した一般的命令である,とする。このように,分析法学は,主権者命令説と結びついて展開されたのである。分析法学の基礎には功利主義がみられるが,法学の対象をもっぱら実定法に限定するとともに,法の善悪には関知せず,法と道徳とを概念的かつ効力的に分離する分析法学は,典型的な法実証主義理論としての性格をもつ。分析法学は,オースティン以後,W.マークビー,T.E.ホランド,F.ポロック,J.W.サーモンドらによって受け継がれ,H.J.S.メーンに始まる歴史法学と並んでイギリスの二大法思潮の一翼を形成するに至ったが,主権者命令説は,分析法学派潮流のなかで批判され,修正・変貌過程をたどる。20世紀の後半のH.L.A.ハートの法理論は,オックスフォード学派哲学を基盤とするものであるが,分析法学の系譜を継ぐものとして,しばしば現代分析法(理)学と呼ばれている。しかし,ハートも法命令説は否定している。
法実証主義
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「分析法学」の意味・わかりやすい解説

分析法学
ぶんせきほうがく
analytical jurisprudence

実定法の特質,法律上の諸概念などを価値判断を交えずに分析的に解明する法学。法実証主義のイギリス的形態を代表するものである。 19世紀後半のドイツのパンデクテン法学および J.ベンサムの功利主義法思想を吸収した J.オースティンによって確立されたが,当初は人々に顧みられず,イギリスの歴史法学者 H.メーンによって評価され,イギリス法学界の伝統となるにいたった。オースティン以後は S.ポロック,S.サーモンドらによって多少の修正を受けながらも,その基本的傾向は継承された。アメリカにおける W.ホーフェルド,H.テリーなどの法理論にはその影響がみられる。道徳,自然法から明確に区別された「固有の意味での法」つまり実定法のみを対象とし,法は主権者の命令であるという命令説を前提にして,権利,義務,自由,損害,刑罰などの概念の分析およびそれらの諸概念相互の関係の説明,成文法と不文法の区分,所有権と制限物権との区分,不法行為と犯罪との区分などがその主たる理論として展開されている。実定法の基本概念の分析または説明が主題であるという点では,19世紀後半のドイツの一般法学に類似し,またその分析的方法は H.ケルゼンの純粋法学にも似ている。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「分析法学」の意味・わかりやすい解説

分析法学
ぶんせきほうがく
analytical jurisprudence

広義には法概念の分析を通じて法学の基本問題を解明しようとする学問をよぶが、通常は狭義の、ジョン・オースティンに代表されるイギリスの法学上の学派をさす。オースティンは、従来の法学が概念的混乱に満ちているとして、ドイツ法学の影響下で、法概念の整理を試みた。彼は法を主権者の命令であるとし、法と道徳を区別して、さまざまな法律上の概念をこの法定義との関連で定義した。彼の影響下で、多くの法学者がその方向を発展させ、明治時代に東京大学で英法を講じたヘンリ・テリーなどもその一人に数えられる。現在では、言語哲学との関連で法概念を分析するH・L・A・ハートなどがその代表である。

[長尾龍一]

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