電流を通さない非金属の固体(絶縁体)では、電子はすべて原子に強く束縛されており、固体内を移動できない。このような固体に光を当てると、電子が光のエネルギーを吸収して原子から飛び出し、固体内を動き回るようになる。吸収するエネルギーが不十分なときは、電子は原子から離れることができず、原子内のエネルギーの高い状態に励起される。しかし、励起された電子はいつまでもその状態にとどまることができない。電子は周囲の原子に束縛された電子と力を及ぼし合っているから、そのうちにそれらの電子の一つにエネルギーを与え、自分は元の状態に戻る。このようにして、電子に与えられたエネルギーは、原子から原子へ次々に伝わっていく。電子は移動せずに、励起(excitation)のみがあたかも1個の粒子のように固体内を動き回る。このような励起を、励起子またはエキシトンexcitonとよぶ。
励起子の存在は絶縁体の光吸収に現れる。絶縁体にいろいろな振動数νの光を当てて、その吸収強度を測定すると、 のような結果が得られる。電子の光吸収は1個のフォトンの吸収としておこる。フォトンのエネルギーhν(hはプランクの定数)が、ある閾値(しきいち)E0より大きい(hν>E0)ときには、電子は固体内を動き回る状態に励起される。 の高い振動数領域にみえる大きな山は、このような電子励起による光の吸収を示す。hν<E0のとき、そのような励起は生じえない。 でhν=E1の付近にみえるピークは励起子をつくりだすことによる光の吸収を示し、E1は励起子のエネルギーにあたると考えられる。
[長岡洋介]
絶縁体や半導体結晶中を波の形で伝搬する励起状態。例として同種の分子Mからなる結晶を考える。その中の一分子が,たとえば光子を吸収し,励起状態M*になったとする。しかしこのような状態は,結晶内においては,永続的ではない。すなわちこの分子がM*→Mと基底状態に落ち,同時に隣の分子がその余分なエネルギーを受け取ってM→M*と励起された状態に変わることができる。このようにして励起状態は,一つの場所にとどまることなく,結晶内を自由に移動する。この場合,移動するのはエネルギーだけで,物の移動は起こらない。量子力学によれば,このような励起状態の運動は,結晶の周期性のため,平面波の形で表される。これは一種の等速度運動に対応し,波長λが運動状態をきめる。この状態は,ある一定のエネルギー(λによって多少変化するが)と運動量h/λ(hはプランク定数)をもつ粒子のような性質をもつので,励起子またはエクシトンと呼ばれる。
ここで述べた励起子はフレンケル励起子と呼ばれるが,ある種の結晶では,1対の伝導電子と正孔とが静電力でひき合って,連星のように両者の重心を中心として回転しながら結晶内を伝搬していく状態を考えるほうが現実の励起子に近い。この場合も,電子が正孔を埋めた基底状態よりも高いエネルギーをもつ励起状態であり,また電子とその抜け穴が対になっているので物の移動を伴わない。これをワニエ励起子と呼んでいる。
励起子は光の吸収をひき起こす。その際1個の光子が結晶に吸収され,1個の励起子を生ずる。その吸収は一般に特徴的で,多くの分光学的研究が行われている。また励起子は結晶中のエネルギー伝達のうえでしばしば重要な役割を果たす。たとえば蛍光物質において,母体に吸収された紫外線のエネルギーは,励起子となって特定の発光中心まで運ばれ,そこでさらに可視光線に変わって放射される。
執筆者:黒沢 達美
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
固体中の励起状態は,特定の分子に局在しないで同種の分子間を移動する可能性があるので,これを励起子とよんで,単なる励起分子と区別している.半導体や絶縁体中に生じる電子と正孔の対も励起子の一種である.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…構成粒子がフェルミ統計に従う場合は,2個のフェルミ粒子が関与している。例としては,荷電粒子系での電荷の密度の変化に伴うプラズモンplasmon,3Heのように電荷をもたない系での密度変化によるゼロ音波,半導体中などで見られる電子と正孔の束縛状態としての励起子などがある。なお,励起子の場合,その密度を高くした状況,すなわち,高密度励起子の系は,近似的にボース粒子の集団とみなせる。…
※「励起子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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