歌舞伎狂言。世話物。8幕11場。河竹黙阿弥作。1862年(文久2)閏8月江戸森田座初演。別名題《村井長庵巧破傘(むらいちようあんたくみのやれがさ)》,通称《村井長庵》。幕末の名作者河竹黙阿弥が,当時の名優4世市川小団次のために書きおろした作品。小団次は,義弟を殺し,妹を人手にかけさせる極悪非道な町医者村井長庵と,神田の質屋伊勢屋の手代で実直な善人久八の二役をつとめ,大当りをとった。村井長庵が実弟十兵衛を殺し,その妻を友人に殺させ,娘2人を吉原へ売ったという事件が起きたのは1717年(享保2)4月。時の名奉行大岡越前守の裁断を受けたというが,真偽は定かでない。この事件が実録本《大岡仁政録》に収められ,講談になった。黙阿弥はそれを脚色したのである。前半のみどころは,序幕の重兵衛殺しから二幕目の辻番所で罪を浪人藤掛道十郎になすりつけるところ,続いて三幕目の長庵の家の場で,坊主頭の図太い中年男の悪党ぶりがみものである。後半は久八の筋で,伊勢屋の若旦那千太郎の使い込みの責めを負った久八が,紙屑屋になって道十郎の家族を助けるところが見せ場である。七幕目には千太郎と小夜衣の常磐津の道行があり《恨葛露濡衣(うらみくずつゆにぬれぎぬ)》といって有名。大詰は,過って千太郎を刺した久八と長庵が,同じ奉行所の白州で大岡越前守に裁かれ,長庵は有罪,久八は過失致死で無罪になる。大岡政談物の一つであるが,同じ黙阿弥の《鋳掛松》と同じく主題は〈金〉である。三河の貧乏百姓のせがれで希望をもって江戸へ出てきた村井長庵は,金がないために出世もできない。せめて人生を享楽しようとするが,それにも金がいる。金のために悪事に走る中年男の絶望的な人生。一方,現在ほとんど上演されない四幕目の伊勢屋は,実直で蓄財にはげむ町人の典型久八,吝嗇家伊勢屋五兵衛,浪費家千太郎を描いて,江戸町人の気質を長庵の絶望と対照させている。
執筆者:渡辺 保
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
歌舞伎(かぶき)脚本。世話物。8幕。通称「村井長庵(むらいちょうあん)」。河竹黙阿弥(もくあみ)作。1862年(文久2)閏(うるう)8月、江戸・森田座で4世市川小団次(こだんじ)らにより初演。享保(きょうほう)2年(1717)大岡越前守(えちぜんのかみ)の裁きで処刑されたといわれ、実録本『大岡仁政録』に収められた村井長庵の話を講談をもとに脚色。極悪非道の医者村井長庵は妹おそよの亭主重兵衛を赤羽根橋で殺して金を奪い、罪を浪人藤掛道十郎(ふじかけどうじゅうろう)になすりつけて獄死させ、手下の早乗三次(はやのりさんじ)と組んで質屋伊勢屋(いせや)をゆすったり、三次におそよを殺させたりするなど、さまざまな悪事を重ねるが、ついに召し捕られ、名奉行(ぶぎょう)大館左馬之助(おおだてさまのすけ)(大岡越前守)の裁きで服罪する。これに伊勢屋の手代久八(きゅうはち)が主家の倅(せがれ)千太郎や藤掛の妻おりよを助けて苦労する話、藤掛の娘で吉原の遊女小夜衣(さよぎぬ)と千太郎の情話などを織り込んでいる。悪に徹した人物を主役にした異色作で、じみながら作者会心の作という。初演以来、長庵と忠義いちずな久八という対照的な二役を1人で演じ分けるのが一つの趣向になっている。
[松井俊諭]
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出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
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