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十輪院 じゅうりんいん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

十輪院
じゅうりんいん

奈良市にある真言宗の寺。創立は明らかでないが,寺伝では霊亀年間 (715~717) に朝野魚養の開基という。本堂は鎌倉時代中期の建物で,石仏龕 (がん) の礼堂として建てられたもの。床が低く,住宅風のすぐれた意匠の仏堂で,国宝。

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世界大百科事典 第2版の解説

じゅうりんいん【十輪院】

奈良市十輪院町にある真言宗醍醐派の寺。山号は雨宝山。〈じゅうるいん〉と俗称されることも多い。寺伝では平安初期の医師・書家朝野魚養(うおかい)の開基とするが不詳。もと元興寺の一院で,鎌倉時代には地蔵霊場として知られた。本堂(鎌倉初期,国宝)の背後の石仏龕(重要文化財)には,左右に十王を配した本尊地蔵菩薩立像が彫られ,その前で葬送儀礼を行ったらしい。他に重要文化財の南門(鎌倉初期),木像不動明王(平安後期)なども有名。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

十輪院
じゅうりんいん

奈良市十輪院町にある真言(しんごん)宗醍醐(だいご)派の寺。雨宝山(うほうざん)と号する。本尊は石造地蔵菩薩(ぼさつ)。寺伝では元正(げんしょう)天皇の勅願によって朝野魚養(あさのなかい)が開基と伝え、元興寺(がんごうじ)の子院といわれる。『地蔵十輪経』から名がつけられ、無住法師の『沙石集(しゃせきしゅう)』(1283)第8に、当寺が地蔵信仰の場としていた記述がみられる。江戸時代には寺領50石を賜る。境内には鎌倉時代の本堂(国宝)と南門(国の重要文化財)、室町後期の御影(みえい)堂(県の文化財)などがある。地蔵菩薩を刻んだ石仏龕(せきぶつがん)、木造不動明王および二童子立像は国の重要文化財。また庭園一帯には石彫物や石仏群がみられる。7月23、24日に地蔵会(え)が行われる。[眞柴弘宗]

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世界大百科事典内の十輪院の言及

【石仏】より

…京都府石像寺の元仁元年(1224)銘の三尊像は,三尊を1石1体ずつ丸彫に近い高肉彫であらわし,この時代の石仏の傾向をよく示している。他に群馬県不動寺不動明王像(凝灰岩,丸彫)などがあり,大型の石室構造をもつものに奈良市十輪院石仏龕(花コウ岩)がある。またこの時代には東大寺の再建工事に参加した伊行末(いぎようまつ)に代表される宋人石工の活躍があり,伊行末の作品に般若寺十三重石塔初層四方石仏,石仏ではないが参考とすべきものに1196年(建久7)宋人石工字六郎作の東大寺南大門石獅子がある。…

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