商家における大福帳や,一般にある事柄のもととなる原簿を台帳というが,とくにまた歌舞伎の上演用脚本のうち和紙に毛筆で書かれてあるものに限っての呼称。上演の土台となる帳面の意である。清書されたものは正本(しようほん)ともいい,上方では根本(ねほん)ともいった。のちには台本ともいう。歌舞伎が複雑な内容を持ち始めるにつれて,必要上から発生したもので,元禄(1688-1704)ごろには存在したと思われるが,現存最古の台帳は,1710年(宝永7)大坂荻野八重桐座上演の,中田楮同作《心中鬼門角(しんじゆうきもんかど)》である。半紙を縦折りにして綴じた縦本と,横折りにして綴じた横長の横本があるが,縦本が通常である。横本は江戸の末ごろになって用いられ,作者の完成稿本とされ,それをさらに縦本に清書して用いた。初期の台帳は形式も定まらず,行数も10行前後から20余行までさまざまであったが,寛政(1789-1801)末ごろから,初世並木五瓶の提唱によって,1ページ13行を原則とするようになり,表紙の書式も固定していった。書体は元来御家流であったが,幕末には勘亭流でも書かれるようになった。1幕1冊が原則で,せりふの頭書は役名でなく,役者名で書く。
現存台帳は,その性質によって2種類に分けられる。一つは劇団側の所有していた台帳で,裏表紙などに作者名,所有者の役者名などが記されたものが多い。もう一つは貸本屋が書写したもので,貸本として流通していたものである。前者は書込み,訂正などが多く,再演以降の加除訂正がなされており,通読が困難なものもあるが,研究資料としては貴重である。後者は貸本用であるから,筋の通った読みやすいものであるが,そのために貸本屋による適当な整理があったはずで,資料としての取扱いは慎重を要する。貸本でまかないきれなくなった人気狂言は,版本として出版された。上方の〈絵入根本〉はこれにあたる。現存の台帳は貸本屋のものが多く,その中では名古屋の貸本屋大野屋惣八(通称大惣)旧蔵のものが大部分を占めている。
執筆者:土田 衞
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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