たとえば,売買契約をした売主が,買主のほうから代金を持参するまでは目的物を引き渡さないと主張するように,双務契約(双務契約・片務契約)の当事者は,相手方がその債務の履行の提供(債務の履行をするために自分でできる限りのことをして債権者の受領を求めること)をするまでは,自分の債務を履行しないと主張することができる(民法533条)。このような主張をする権利を同時履行の抗弁権という。双務契約では双方の債務が互いに対価関係に立っていることを考慮し,公平のために認められた制度である。同じ趣旨の制度として別に留置権があるが,これは物権として第三者に対しても主張できる点で異なる。
同時履行の抗弁権が成立するためには,相手方の債務の履行期がきていることが要件となる。自己の債務を先に履行する特約があれば,この抗弁権はない(533条但書)。たとえば,冒頭の例で代金は後払いという特約があれば,売主は目的物の引渡しを拒めない。月末勘定の売買などの場合もそうである。もっとも,1年間毎日牛乳を配達し,代金は毎月末に1ヵ月分を後払いというような契約の場合に,たとえば,買主がすでに配達された3月分の代金を支払わないときは,売主はたとい翌4月分の代金を提供されてもその4月分の牛乳の配達を拒みうる。このような契約では,双方の継続的給付は,単に対応する月の分が対価となるだけでなく,全部的にも対価関係を有するものであるため,一方側にその一部の不履行があるときは,他方はこれに相当する他の部分の履行を拒みうる,と解するのが公平だからである。
当事者の一方が一部だけの提供をした場合,たとえば売主が注文品の一部分だけを提供したようなときは,もし分割的に給付しても目的を達しうるならば,それに該当する部分の代金の支払を拒めないし,もしその部分だけでは目的の重要な部分が欠けるという場合なら,代金全部の支払を拒絶でき,また反対に,履行されない部分がきわめて軽微ならば,代金全部を支払わねばならない。買主が代金の一部だけを提供した場合には,売主の給付が可分か不可分かに応じて,上記に準じて考えればよい。要するに,契約の趣旨を検討し,信義誠実の原則に従って決めるべきである。
同時履行の抗弁権をもつ相手方に対して請求をする者がこの抗弁を防ぐためには,自分の債務を履行するかその履行の提供をして請求をすればよい。しかし,提供なしに相手方の債務の履行を訴えた場合も,原告は相手方の抗弁により敗訴するのでなく,裁判所は〈被告は原告に対しその給付と引換えに弁済せよ〉という判決(引換給付判決)をする。また,同時履行の抗弁権のある当事者は,相手方が提供しないで請求だけしてきた場合には,たとい自己の債務の履行期がきていても,抗弁権によりその履行を拒めるので,履行遅滞の責めを負わず,損害賠償義務や相手方の契約解除権は発生しない。なお,同時履行の抗弁権のついた債権は,これを自働債権として相殺に供することはできない。
同時履行の抗弁権は,抗弁権として認められているだけだから,裁判所は同時履行の利益を受ける当事者すなわち被告の主張・立証がない限り,これを考慮に入れなくてよい。なお,この抗弁権は,公平の観念に立脚するものだから,双務契約の場合に限らず,一つの法律関係から生じた対立する債務を関連的に履行させることが公平と考えられる場合にも適用される。民法は,解除による原状回復義務(546条)その他の場合にこの抗弁権を認めており,さらに,規定はないが弁済と受取証書の交付は同時履行の関係に立つと解されている。
執筆者:中馬 義直
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双務契約の場合、当事者の一方は、相手方がその債務の履行を提供するまで、自己の債務の履行を拒むことができる。これを同時履行の抗弁権という(民法533条)。たとえば、商品の売買で、売り主は代金の提供がない限り商品の引渡しを拒むことができるし、土地の売買で、相手方が代金の提供をするまで移転登記を拒むことができる。双務契約の各当事者にこのような抗弁権が与えられるのは、双務契約の相対立する債務が、互いに相手方が債務を負うから自分も債務を負うという意味で対価的意義をもっているために、その間に特殊の牽連(けんれん)関係を認めないと、公平を欠くことになるからである。同時履行の抗弁権が発生するためには、一個の双務契約から生じた相対立する債務が存在すること、相手方の債務が履行期にあること、相手方が自分の債務の履行またはその提供をしないで履行を請求すること、が必要である。また同時履行の抗弁権の効果は、それを有する債務者が履行遅滞にならないこと、相殺されないことであり、また訴訟上、それを主張すると、引換給付判決(原告の履行と引換えに被告に給付を命ずる判決)がなされる。
[淡路剛久]
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