(読み)うそ

改訂新版 世界大百科事典 「噓」の意味・わかりやすい解説

噓 (うそ)

近代社会では,現実にありえない偽ったことや誇張したことをいうのは,ふまじめな行為として否定的な評価を受けており,たてまえの上では〈正直に生きる〉ことが善とされてきている。しかし,うそをめぐる民俗を検討してみると,うそやほら話を近代とは異なった寛容な目で見ていただけでなく,うそに積極的な役割さえ認めていたようである。日本では,1年間についたうそを節分,小正月,10月20日,12月8日など特定の日に儀礼的に払ったり駆逐してしまう形の民俗がよく見られる。広島県福山市,旧新市町の吉備津神社では節分の夜ごもりに〈放談会〉〈うそばらし〉といってうそつき大会が催され,話じょうずが自慢のうそ話を出しあうという。羽州街道の宿場町であった山形県上山市楢下でも,かつて正月15日夜に福聚寺(現在は廃寺)でほら吹き大会が行われたという。ここで優勝した者は〈法螺(ほら)の吹蔵〉〈噓の語郎〉といった名誉ある称号を与えられ,1年間の人足が免除となったという。お伽衆や咄者の系譜を引くものと思われ,現在でもその家筋には優れた昔語りの話者がみられる。関西地方では10月20日の夷講を誓文(せいもん)払いといって,1年間に商売上でついたうその罪滅ぼしに商店では大売出しや得意先の接待を行う。また12月8日を噓つき払い,噓はらし,八日待,無実講といって,こんにゃくや豆腐を食べ1年間のうそを払う風習も西日本に多く見られる。うそは現実に存在しないものに対応し,それに形を与えるものといえ,年の替り目に当たって新旧二つの時間を媒介し,新しい時間をこの世にもたらすものと考えられる。このことは,正月に天満宮で行われる〈鷽(うそ)替え〉にもあてはまる。鷽を交換することで1年間の不幸をうそとして払ってしまうともいい,それによって新しい年や幸運を迎えるのである。西洋などのキリスト教国では4月1日を〈万愚節(エープリル・フールApril Fools'Day)〉といって,罪のないうその許される日とされ,日本でもこの風は行われているが,逆に他の日はうそは許されないのであり,告解とか懺悔という形で個人的に償わねばならないのが特徴である。
執筆者:

アフリカの神話にはノウサギが主人公であるトリックスターいたずら者)の話が多い。アメリカ・インディアンの間ではコヨーテがもっとも有名であるが,いずれも動物が主役である。これらトリックスターの特色はいろいろあるがその第一が〈うそつき〉である点にある。うそをついたり,大ぼらを吹いて他を欺き,徹底したいたずらをはたらく。道徳を無視した行動をし,秩序を破壊することが主要な役割となっている。神話のなかにおける,このようなトリックスターのうそや道化的ふるまいは,一貫した秩序や制御された世界に対してショックを与え,宇宙を活性化し,しばしば人間に新しい文化創造をもたらす契機となる。この種のいたずら者は広く人気者として語られ,多くが人間に文化をもたらす文化英雄でもある。このように人類起源神話や文化起源神話の中に,うそはさまざまな創造の発端として少なからず見いだされる。このような文脈におけるうそは,一面で否定的な,反道徳なものとされながらも,他方,知恵,勇気,活力などの現れとしての積極的側面が強調され,このようなうその両義性が,しばしば創造神話におけるダイナミズムの一つの源泉になっている。
執筆者:

子どものうそはさまざまな意味をもっており,その評価は一律にはできない。かつてモーガンJ.J.B.Morganは子どものうそを分析し次の七つの種類をあげた。(1)ごっこ遊びに伴う遊びのうそ,(2)あることがらを細かく報告する能力欠如によるうそ,(3)人の注意をひくためのうそ,(4)報復するためのうそ,(5)罰をうけることを恐れるためにおこるうそ,(6)自分のほしいものを得るためのうそ,(7)友だちをかばうためのうそ。

 ごっこ遊びはそれ自体が虚構的場面であり,子どもたちは各人の内部に発達してきたイメージの能力を活用して〈うそっこ〉の世界で活動する。しかしこれは必ず現実の人間生活,人間関係を反映しているから,一方では子どもの現実認識や社会性を育て,他方では想像力や構想力を育てることになる。ことがらを詳細に報告することができないために生ずるうそは,しばしば真実と入り混じった形で出現する。そしてときには談話の途中からかなり大がかりな作話に発展することがあるが,そこに道徳的にみた悪意があるわけではない。談話することそのものを楽しむようすがみられるので,おとなはこれにゆとりをもって接すると同時に,適切に談話を導いて正確に事実を伝える能力の形成を助ける配慮が求められる。人の注意をひくためのうそやその他のものは,おとなの場合にもみられるが,うその意図を把握しつつ,成功の快感を与えないよう指導する必要がある。しかしうその種類によっては,おとなの側でみずからの態度を改めることがたいせつであることも少なくない。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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