在原行平(読み)ありわらのゆきひら

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

在原行平
ありわらのゆきひら

[生]弘仁9(818)
[没]寛平5(893).7.19.
平安時代前期~中期歌人業平 (なりひら) の兄。行政に功があり正三位中納言にいたる。『古今集』以下の勅撰集に 10首あまり入集。現存最古の『在民部卿家歌合』の主催者。「わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつゝわぶとこたへよ」の歌は『源氏物語』須磨の巻や謡曲松風』に受継がれている。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

在原行平 ありわらの-ゆきひら

ありはらの-ゆきひら

在原行平 ありはらの-ゆきひら

818-893 平安時代前期の公卿(くぎょう),歌人。
弘仁(こうにん)9年生まれ。阿保(あぼ)親王の王子。在原業平(なりひら)の兄。天長3年弟業平らとともに在原の氏をあたえられる。播磨(はりま)・信濃(しなの)などの国守,参議,蔵人頭(くろうどのとう),大宰権帥(だざいのごんのそち)などをへて,中納言となる。元慶(がんぎょう)5年一族の学問所奨学院を創立。歌は「古今和歌集」「後撰(ごせん)和歌集」などにおさめられている。寛平(かんぴょう)5年7月19日死去。76歳。
【格言など】立ち別れいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば今帰り来む(「小倉百人一首」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

在原行平

没年:寛平5.7.19(893.9.3)
生年:弘仁9(818)
平安前期の公家,歌人,教育家平城天皇の孫,業平の兄。中納言,正三位民部卿,按察使などに任ぜらる。壮年期に事に座し須磨に流されるが,これが『源氏物語』須磨の巻のヒントになったとも伝えられる。歌人としての評価は『古今集』真名序に「軽情如在納言(風流な心は行平のように)」とあるが,一般には小倉百人一首の「たちわかれいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば今かへり来む」によってよく知られている。また,当時の国家的教育機関大学寮の付属機関別曹として奨学院を設立し,在原氏および他の王氏の子弟の修学,仕官の便をはかった。この奨学院は平安末に滅びるが,奨学院別当の名は,将軍の官位として幕末まで残った。

(俵木浩太郎)

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世界大百科事典 第2版の解説

ありわらのゆきひら【在原行平】

818‐893(弘仁9‐寛平5)
平安初期の歌人。平城天皇の皇子阿保親王の第2子。在原業平の同母兄。826年在原朝臣の姓を賜る。884年正三位。民部卿を兼ねる。《古今集》《後撰集》に各4首入集。貴族の子弟の学校奨学院の創設者。885年に彼の邸宅で催された《在民部卿家歌合》は現存最古の歌合である。《古今集》巻十八には〈事にあたりて〉須磨に蟄居した時の作〈わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつつわぶと答へよ〉があり,《源氏物語》の〈須磨〉の巻はこれに拠ったとも言われる。

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大辞林 第三版の解説

ありわらのゆきひら【在原行平】

818~893) 平安前期の歌人。業平の兄。大宰権帥・中納言民部卿。在原氏一門の学問所として奨学院を建てた。古今集に須磨流謫るたくの歌があり、後世、これに取材した謡曲「松風」などが生まれた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

在原行平
ありわらのゆきひら
(818―893)

平安前期の歌人。阿保(あぼ)親王の子、業平(なりひら)の兄。826年(天長3)兄弟の仲平、業平らと在原姓を賜る。参議、中納言(ちゅうなごん)、正三位(しょうさんみ)と進んだが、887年(仁和3)致仕、寛平(かんぴょう)5年7月19日没。881年(元慶5)藤原氏の勧学院に倣い一門の子弟教育のため奨学院を設立した。和歌に通じ、民部卿(みんぶのきょう)を兼ねた884年以後3年の間に「在民部卿家歌合」を自邸で主催したらしい。勅撰(ちょくせん)集入集歌11首がある。『古今集』の詞書(ことばがき)に事件に関係して須磨(すま)にこもったと記すが、事実不明。『源氏物語』須磨巻は行平歌を基底とし、謡曲『松風』などに伝説主人公化される。
 わくらばにとふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつつわぶと答へよ[藤岡忠美]

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世界大百科事典内の在原行平の言及

【行平鍋】より

…大田南畝の《一話一言》によると,天明(1781‐89)末ころから作られるようになり,それまで一人前のなべ物には鋳物の小型のなべが使われていたが,その鉄なべにとってかわって普及したという。行平の語源については,在原行平(ありわらのゆきひら)が須磨で海女に塩を焼かせた故事にちなむとも,煮たものの湯げのぐあいを〈湯気平(ゆげひら)〉と表現し,それを行平にしたなどとする説がある。【鈴木 晋一】。…

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