大地に宿り,農耕をはじめ人間生活全般を支配すると信じられた霊的存在。古代において大地を基盤とする人間の営みは,その場所に宿る地霊の承認と保護を得てはじめて可能になり,そのため各季節の節目に行われる豊穣祭など地霊との交流は人々にとって最も重要な関心事であった。地霊の働きには二面性があり,人々に土地を耕させ恵みを授ける慈愛の性質と,それとは逆に地震や干ばつをひき起こす過酷な性質とが同居する。前者はみずからの肉体を傷つけて子孫を養う地母神として,後者は地霊に従わぬ人間を襲う怪物や荒ぶる神として発現する。地鎮祭をはじめ聖域や結界にかかわる多くの習俗,風水(風水説)ほかの地相占いなどは,いずれも荒ぶる地霊を慰撫し抑え,その慈悲にすがろうとする人間の欲求から生じていると考えられる。また死者の魂や祖霊を地霊とみなす地方もある。中国では人間の霊力は魂(こん)と魄(はく)の2種に分かれ,魂は陽の気となって天へ,魄は陰の気となって地に還(かえ)ると信じられた。地霊は山や泉,岩や洞窟などにも宿ると考えられた。修験道には霊山信仰があり,修験者は自分が母なるものとしての山にはぐくまれる胎児であるとの認識から,へその緒に見立てた法螺貝(ほらがい)を腰に下げると説かれる。地霊の声を神託として受け取る巫女(みこ)の存在も古くから見られ,古代ギリシアのデルフォイにあったアポロンの神託所は特に有名である。中国では,皇帝が担う重要な職務の一つは地霊の神託に即した政治を行うこととされ,地霊が慈愛を示し自然の運行が穏やかなのは善政の証拠だと,《書経》にも述べられている。
地霊はさまざまな姿で表現されるが,最も重要なのは地母神表象であろう。生命の源を授ける男神の太陽に対し,その恵みを受けて万物をはぐくむ地母神は豊かな乳房と発達した腰をもつ女神の姿をとることが多い。この表現には初期には胸や腹部などを強調した,素朴かつ奇怪なものが見られるが,やがてデメテル,イシス,キュベレ,アルテミス等の美しい女神像に発展した。自然には四季があり,植物の枯死から発芽に至る生命循環を象徴する意味から,地母神は死と再生にも関連づけられる。
一方,荒ぶる神としての地霊は巨蛇や火山に仮託され,英雄がこれを殺害するという寓意によって土着神の併呑,自然から文明への移行,ないしは人間による混沌とした自然の諸力の征服と統御が示されることがある。怪物ピュトンを矢で射殺すアポロンの神話,竜を殺すゲオルギウスの伝説,また八岐大蛇(やまたのおろち)を退治する素戔嗚尊(すさのおのみこと)の物語などは多少ともこのような事情を反映していると思われる。そして殺害された怪物を押さえる目的で置かれる石はしばしば〈世界のへそ=中心〉と呼ばれ,デルフォイにはピュトンを押さえつけているという石オンファロスOmphalos(〈へそ〉の意)がある。このほか,中国では竜,日本では蛇やナマズあるいはムカデなどが地霊的なものとして表現されることがある。これらはまた水脈や地脈,あるいは鉱脈とも深く関係する。ドイツで信仰される地霊はコーボルトと呼ばれる地中の小人で,黄金を守るといわれ,妖精伝説やワーグナーの楽劇《ラインの黄金》を通じて一般に知られている。ほかに〈世界樹〉としての聖木が地霊をあらわすこともあり,オーク,杉,松などの巨木が神聖視された。そのため木を切り倒したり草を引き抜けば祟(たた)られるという伝承が生まれ,引き抜くときに特別の儀式を要するマンドラゴラの話などもこの反映と考えられる。
→地母神 →土地神
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
土地の精霊や神をいう。その代表的神格が地母神である。一般に、大地の神は女性神と考えられており、アフリカやアメリカ、ポリネシアなど各地に、大地(女神)が天(男神)と結合して自然界の万物を産み出したとする起源神話が伝わっている。地母神の姿は、胸部や生殖器など女性性が強調されることが多く、多産や豊穣(ほうじょう)の機能と結び付いている。とくに農耕民文化にはその傾向が強く、作物の豊穣を祈って、食物から人までさまざまな供物による供犠(くぎ)やオルギー(乱飲乱舞などの宗教的狂乱)的な儀礼が行われる。たとえば、インドのコンド人では、地母神を表すいけにえが切り刻まれて、その肉は地中に埋められる。また、古代メキシコでは、地母神はトウモロコシの女神であり、多くの口や胸を有したカエルの姿でも表されたが、その祭儀では、女神に見立てられた女性が殺されたといわれる。そのほか、耕作の開始や建物の建築の際には、地霊の怒りを招かないために、供物を地中に埋めるなど入念な供犠が行われる。また、地震は、地中の動物や死霊、そして地母神などの動きによって生じるとの信仰も広く認められる。
[白川琢磨]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ベルクの晩年のオペラで,《ウォツェック》とともに20世紀最大のオペラの傑作と評価されている。ベルクは1929年にウェーデキントの戯曲《地霊》と《パンドラの箱》をもとに台本を作ってオペラの作曲にとりかかり,まず34年に《ルル交響曲》という形でまとめて師シェーンベルクの60歳の誕生日に彼にささげた。しかしオペラは35年のベルクの死によって第3幕の途中で中断されたままになった。…
…アリストテレスなどの記述に,翼ある竜はエジプトやエチオピアに産し,巨大なヘビ型の竜はインドに住むとあるが,前者は神としての有翼蛇,後者はニシキヘビの姿がもとになっているらしい。 強大な獣の属性を完備し,地中の秘密ないし生産力を独占する竜は,権力や豊穣の象徴であり,授精力をもつ地霊の性格をあらわす。その超自然的な力は畏敬の対象であり,古代ローマでは軍団が竜の旗を掲げ,西ヨーロッパ,とくにイギリスでは王家の紋章に用いられた。…
※「地霊」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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