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士大夫 したいふ shi-da-fu; shih-ta-fu

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

士大夫
したいふ
shi-da-fu; shih-ta-fu

中国の階級の一つ。周代諸侯に仕える卿,大夫,士の3階級のうち貴族である大夫と,支配階級として最下位の士との併称。官職についている者をさす場合,軍士,将校をさす場合などがあり,周の滅んだあとも引続いてこの名が用いられ,六朝では上流階級を,宋以後は読書人,知識階級をこう呼んだ。

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デジタル大辞泉の解説

し‐たいふ【士大夫】

中国で、大夫。のち、知識階級や科挙に合格して官職にある者をさした。

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百科事典マイペディアの解説

士大夫【したいふ】

旧中国における支配階級の称。古代社会には天子・諸侯の下に大夫・士・庶民があったという伝えに基づく。封建制がくずれると,士大夫は上級官吏の呼称となり,宋代以後は科挙出身の官吏を指すようになった。
→関連項目琴棋書画六芸

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世界大百科事典 第2版の解説

したいふ【士大夫 shì dài fū】

旧中国における支配階級の称。古代社会に天子,諸侯,大夫,士,庶民の5階層があったという伝えに基づく。士以上は支配階級に属し,君主の庶民統治を助けるものであるが,ただし士大夫の語の意味するところは,時代によって異なる。
[古代]
 漢代までの士大夫の語は,文字どおりに士,すなわち下層の支配階級と,大夫すなわち上層の支配階級とを併せ指した。当時は軍事優先の社会であったので,士大夫は特に軍隊の幹部,将と士とを意味した。

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大辞林 第三版の解説

したいふ【士大夫】

中国で、士と大夫。また、科挙出身の高級官僚。 → 卿大夫士けいたいふし
高い官職にある高潔の人。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

士大夫
したいふ

一般に、旧中国社会で上流階級をさす語。古代には天子、諸侯、大夫、士、庶民の5階級があったと伝えるが、天子、諸侯は大小の君主で特別なものであるから除外すると、大夫と士が支配階級であり、被支配階級の庶民と対立した。統一国家、漢の下で士と庶民の別がなくなったが、新たに官吏と人民との別が生じ、官吏の地位が世襲的となり、士族と称せられ、六朝(りくちょう)を中心とする貴族政治の時代が出現した。宋(そう)代以後になると世襲貴族が没落し、かわって科挙による官僚階級が形成され、士大夫、読書人などと称せられた。彼らの間では学問とともに高雅な趣味が尊ばれ、たとえば彼らが余技として描く絵画は士大夫画(文人画)とよばれ、職業画家の絵よりも高く評価された。この形勢は清(しん)末まで続いた。[宮崎市定]

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世界大百科事典内の士大夫の言及

【三国時代】より

…何進はまた宦官勢力を一掃すべく山西方面の軍団長董卓(とうたく)に入朝を要請した。董卓は宦官たちを殺戮したのち朝権を握り,暴挙を行ったので,士大夫層は袁紹を盟主として董卓討滅の軍を起こした。呉の始祖である孫堅もこのとき袁紹の弟袁術(えんすい)の部下として活躍した。…

【朱子学】より

…唐末五代の動乱を平定して中国を統一した宋王朝は,従来の社会を再編成して新たな体制を作りあげた。そのもっとも重要なポイントは,社会の指導層がそれまでの貴族から士大夫という新興階級に移り,その頂点に強力な権力をもった皇帝が君臨したところにあった。士大夫とは,貴族のような固定的な階級ではなく,文化的には知識人,政治的には皇帝独裁制を支える官僚,経済的には地主であるような存在であるが,彼らに課せられた任務は,この時代に整備された科挙(官吏登用試験)を通過して政治にかかわり,その体得した学問を現実化してゆくことであった。…

【宋】より

…つづく太宗は,太祖の諸政策を継承するとともに,さらにいっそう強化して,宋朝の基盤をかためた。なかんずく,科挙の門をひろげて大量の知識人層を官僚に登用したことは,士大夫階級が政治,社会の指導層として進出する道を開くことになった。 宋朝は中国統一によって国内の平和と繁栄をもたらしたが,対外的にはつねに周辺の新興国家の圧迫をうけた。…

【中国料理】より

…二者,兼ね得べからざれば,魚を舎(す)て熊掌を取るものなり〉とは孟子の言葉である。料理が古代中国から士大夫の享楽であり,大事な教養と知識の一環を占めていたからであろう。殷の湯王の宰相伊尹(いいん)はもと庖宰(料理人)であったのを見いだされたものであり,また今日名料理の代名詞ともなっている易牙(えきが)は斉の桓公の料理人で,自分の子を蒸して君主の食に供してまで,その寵愛を得ようとしたことでも知られる。…

【文人画】より

…中国における文人,士大夫(したいふ)の絵画。職業画家の専門の絵画に対して,儒教や詩文の教養を備えた文人の素人の絵画をいう。…

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