大鳥神社(読み)オオトリジンジャ

デジタル大辞泉 「大鳥神社」の意味・読み・例文・類語

おおとり‐じんじゃ〔おほとり‐〕【大鳥神社】

大阪府堺市西区鳳北町にある神社。旧官幣大社。祭神は、大鳥連祖神おおとりのむらじのみおやのかみ日本武尊やまとたけるのみこと。社殿は大鳥造り和泉いずみ一の宮

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精選版 日本国語大辞典 「大鳥神社」の意味・読み・例文・類語

おおとり‐じんじゃ おほとり‥【大鳥神社】

大阪府堺市鳳北町にある神社。旧官幣大社。祭神は大鳥連祖神(おおとりのむらじのおやがみ)日本武尊(やまとたけるのみこと)。一説に日本武尊が白鳥に化して留った所に霊をまつったと伝える。本殿は大鳥造で知られる。和泉国一の宮。

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日本歴史地名大系 「大鳥神社」の解説

大鳥神社
おおとりじんじや

[現在地名]堺市鳳北町一丁

国鉄阪和線おおとり駅の北東約三〇〇メートルに鎮座する。境内は社叢に囲まれ、千種ちぐさの森と称される。境内西側の鳥居をくぐり東に行くと右手に絵馬殿社務所があり、社務所の北東方に社殿がある。本殿は南向き。社殿の南東方に旧北王子きたおうじ村から遷祀した摂社大鳥美波比おおとりみはい神社が鎮座する。祭神は日本武尊・大鳥連祖神。和泉国一宮で、旧官幣大社。

〔草創〕

斉衡二年(八五五)八月一八日の大鳥五社大明神并神鳳寺縁起帳(大鳥神社文書)によると、景行天皇四〇年、日本武尊が東国平定の帰途、伊勢国能褒野のぼので没した。天皇は同地に尊を葬らせたが、尊は白鳥と化して陵を出、倭国琴弾ことひき原にとどまった。ここにまた陵を造ったが、白鳥はさらに飛立ちとどまったのが今の社地で、その霊を祀ったのに始まるという。白鳥に化した日本武尊が当地に鎮まった時一夜に種々の樹木が生じたので、その地を千種の森と称するようになったという。この鎮座譚は大鳥を日本武尊の白鳥伝承に結び付けたもので、本来は当地方に本貫をもった大鳥氏の祖神を祀った神社といわれている。「新撰姓氏録」(和泉国神別)に大鳥連の名がみえ、「大中臣朝臣同祖、天児屋命之後也」に同じとされている。後に記すように当社社家が古くより大鳥氏であることなどから、当社は大鳥氏の祖神を祀る氏神として成立した神社と思われる。なお時代は下るが、明治九年(一八七六)教部省から上奏された官社祭神考証による当社祭神は大鳥連祖神となっている。

当社は早くから朝野の崇敬を集めたようで、文武天皇の慶雲三年(七〇六)菅生朝臣小村が勅使として当社に奉幣したと伝える(前掲縁起帳)。「新抄格勅符抄」所引の大同元年牒によると和泉国で封戸二が与えられている。その後、弘仁一四年(八二三)七月四日祈雨のための幣を受け(日本紀略)、承和九年(八四二)一〇月九日、従五位上口進階(続日本後紀)、貞観元年(八五九)正月二七日従四位下(三代実録)、同年九月八日、風雨祈請の奉幣を受け(同書)、同三年七月二日には従三位へと進階している(同書)。また「延喜式」神名帳に「大鳥神社名神大、月次新嘗」とみえ、和泉国唯一の名神大社となっている。正応二年(一二八九)書写の「和泉国神名帳」には「正一位大鳥大社」とみえる。なお「平治物語(六波羅より紀州へ早馬を立てらるる事)によると平治元年(一一五九)一二月、平清盛・重盛父子が紀州熊野参詣の途次、源義朝挙兵の知らせを受け、直ちに引返したが、その途中当社に参詣している。

大鳥神社
おおとりじんじや

[現在地名]甲賀町鳥居野

鳥居野とりいの集落の北端にある。旧郷社。往古は北西約一町の磨臼まうす谷にあったという。祭神は素盞嗚すさのお命。神仏分離以前は牛頭天王社・河合かわい社・大原おおはら祇園社などともよばれた。「甲賀郡志」所載の建長五年(一二五三)五月二〇日の太政官符には河合天王社とみえ、神宮寺は河合寺とよばれた。これは祭神を伊賀国阿拝郡河合郷(現三重県上野市)から勧請したためというが、大原川と支流大橋おおはし川が近くで合流するためともされる。現社名は大原荘の大と、鳥居野の鳥とを合せたもの。大原荘一〇ヵ村(高野村・鳥居野村・大原中村・大原上田村・大久保村・神村・相模村・大原市場村・和田村・五反田村)の産土神で(甲賀郡志)、氏子は和田わた村・五反田ごたんだ村を除く八村と櫟野いちいの村を合せた九村からなる。

大鳥神社
おおとりじんじや

[現在地名]目黒区下目黒三丁目

山手通と目黒通が交差する南側に鎮座する。目黒地域最古の明神社。主祭神は日本武尊。旧村社。別当は下目黒村の天台宗大聖だいしよう院。社記によれば、景行天皇の代に当所に国常立命を祀る社があり、日本武尊が東征の折に祈願、尊の死後に霊が白鳥となって飛来したとされ、大同元年(八〇六)社殿が創建されたと伝える。長禄江戸図に江戸九社の一つとして「鳥明神」の名が確認され、江戸時代初期から「大鳥大明神」として近郊に知られていた(「続江戸砂子」など)

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改訂新版 世界大百科事典 「大鳥神社」の意味・わかりやすい解説

大鳥神社 (おおとりじんじゃ)

大阪府堺市西区鳳北町に鎮座。大鳥連祖(おおとりむらじのみおや)神と,1957年増祀された日本武(やまとたける)尊をまつる。創建年代は不詳であるが,社伝に日本武尊を葬った所より白鳥が飛び立ち,その最後にとどまった地に神社を建てたと伝える。《延喜式》では名神大社に列し,大鳥美波比神社,大鳥北浜神社,大鳥浜神社,大鳥井瀬神社の4社を合わせ大鳥五社明神とも呼ばれた。和泉国の一宮としても知られ,1871年(明治4)官幣大社に列した。例祭は8月13日。特殊神事の花摘祭(4月13日)がある。
執筆者: 本殿は1662年(寛文2)再建されたが,1905年に焼失し,現在の本殿は09年に規模を約6m四方とやや大きくして再興されたもの。側面と背面を二柱間とするが,切妻造,妻入りの正面には中央に柱をたてず扉を設ける。内部中央にも扉構えがあり,前後2室とする。この平面形式は,奥行きが四柱間ある住吉大社本殿をつめた,いわば住吉造を簡略化した形式とみることができる。破風は反らずに直線で,屋根は檜皮葺きとする。この形式を大鳥造と呼ぶ。
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「大鳥神社」の意味・わかりやすい解説

大鳥神社
おおとりじんじゃ

大阪府堺市鳳北(おおとりきた)町に鎮座。大鳥連祖神(おおとりむらじのみおやのかみ)と、1957年(昭和32)増祀(ぞうし)された日本武尊(やまとたけるのみこと)を祀(まつ)る。創建年代は不詳。社伝には、日本武尊を葬った所より、その霊が白鳥になって飛び立ち、最後に留(と)まったこの地に神社を建てたと伝える。『延喜式(えんぎしき)』の名神(みょうじん)大社で、祈年(としごい)、月次(つきなみ)、新嘗(にいなめ)の官幣を受け、式内社の大鳥美波比(みはひ)神社、大鳥北浜神社、大鳥浜神社、大鳥井瀬神社の4社をあわせ、大鳥五社明神とよばれていた。和泉(いずみ)国の一宮(いちのみや)としても知られ、1871年(明治4)官幣大社に列格した。現在の本殿は、旧国宝の本殿が1905年(明治38)炎上したため、09年同一形式で再建されたもので、「大鳥造」とよばれる。出雲(いずも)大社の「大社造」に似た建築様式であるが、正面の入口が中央に寄り、回廊がないなどの特徴をもっている。例祭は8月13日。特殊神事として、花摘(はなつみ)女が野花をとって神前に捧(ささ)げる「花摘祭」が4月13日に行われる。

[寳來正彦]

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百科事典マイペディア 「大鳥神社」の意味・わかりやすい解説

大鳥神社【おおとりじんじゃ】

大阪府堺市鳳(おおとり)北町に鎮座。旧官幣大社。天児屋(あめのこやね)命の末の大鳥連祖(おおとりのむらじのみおや)神をまつるとも,日本武(やまとたける)尊をまつるともいう。延喜式内の名神大社。和泉国の一宮。全国の大鳥(鷲(おおとり))神社の源で,武神とされ源・平,織田,豊臣,徳川各氏に尊崇された。社殿は大鳥造の代表。例祭8月13日。ほかに花摘祭(4月13日),酉(とり)の市(11月酉の日)がある。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「大鳥神社」の解説

大鳥神社
おおとりじんじゃ

大阪府堺市西区鳳北町に鎮座。式内社・和泉国一宮。旧官幣大社。祭神は日本武(やまとたける)尊・大鳥連祖神。日本武尊が死後に白鳥となり,現社地に降り立ったのが創祀と伝える。861年(貞観3)従三位に叙された。中世には一宮とされたが,中世後期には兵火により一時荒廃し,寛文年間以降に再建された。例祭は8月13日。大鳥大神宮五社流記帳と大鳥五社大明神并神鳳寺縁起帳がある。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大鳥神社」の意味・わかりやすい解説

大鳥神社
おおとりじんじゃ

大阪府中西部,堺市西区鳳北町に鎮座する。元官幣大社。祭神はオオトリノムラジノオヤガミ,一説に日本武尊。例祭8月 13日。

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