動物,植物から得られる色素で染料として用いられるものを天然染料という.日本古来のおもな天然染料は,平安時代の律令施行細則“延喜式”(西暦927年)から知ることができる.この“延喜式”巻十四「縫殿寮」には,染め出される繊維の色彩名とともに染料として用いた紅花(ベニバナ),蘇芳(スオウ),茜(アカネ),黄檗(キハダ),刈安(カリヤス),梔子(クチナシ),櫨(ハゼ),藍(アイ),そして紫草(ムラサキ)などの植物名が記載されている.ベニバナの花弁からカルサミン(carthamin),スオウの心材からブラジリン,アカネの根からプソイドプルプリン(pseudopurpurin)などの赤色色素が,キハダの周皮を除いた樹皮からベルベリン,カリヤスの茎葉からアルトラキシン(arthraxin)やルテオリン,クチナシの果実からクロシン(crocin),ハゼの心材からフスチン(fustin)やフィセチンなどの黄色色素が,そしてアイの葉から青色色素インジゴの前駆物質となるインジカンが,さらにムラサキは紫根のことで,根から赤色色素シコニンがそれぞれ得られる.なお,西洋種のアカネの根からはプソイドプルプリンのほかにアリザリンが得られる.これらの植物由来の色素には薬効作用が認められるものが多い.ベニバナは,花弁からカルサミンを溶出させたアルカリ水溶液のなかに繊維を浸し,それに有機酸を投入することで析出するカルサミンを繊維に固着させる特殊な染法により繊維を染める.スオウ,アカネ,カリヤス,ハゼ,ムラサキソウは,それぞれの心材や根などを水で煮出した染液に天然ミョウバン中のアルミニウム金属イオンを媒染剤として用いて繊維を染める(媒染染料).これらに対して,キハダおよびクチナシは,染液に直接浸して染める(直接染料).また,アイは,アイの葉を発酵させることによって生成する水不溶性のインジゴを還元して水溶性のロイコ塩とし,これに繊維を浸して引き出し,空気中の酸素によって酸化させて生じるもとの水不溶性のインジゴを繊維に固着させて染める(建染め染料).一方,動物由来の色素としては,コチニール(cochineal)や貝紫(カイムラサキ)がある.コチニールは,サボテンの一種に寄生するエンジ虫の雌の体内で生産されるもので,赤色の染料となる.またカイムラサキは,アカニシなどのアクキガイ科の貝の体内にある鰓(さい)下線(パープル線)の黄色粘ちゅう物に含まれているチリインドキシル硫酸塩(thrindoxylsulfate)が加水分解,酸化,次に複合体を形成して二量化し,最後に光反応を経て生成する紫色の染料(6,6-ジブロモインジゴ)となる.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
動植物体から分離された色素で、繊維に対して染色性のあるものを天然染料という。古くは医薬品として用いられるものも多く、医薬と染料が混在していた。藍(あい)や紫貝(古代紫、6,6'-ジブロモインジゴ)のようなバット染料、紅などの直接染料もあるが、茜(あかね)、コチニールなどのように金属媒染染料が圧倒的に多い。天然染料による染色法は概して手間がかかり、複雑であるので合成染料が現代染色法に多く用いられているが、合成染料にない趣(おもむき)をもったものがあることから、一部の手工芸品には好んで用いられている。
[飛田満彦]
… 合成染料が初めて誕生してから約140年を経た現在,合成技術の進歩とともに人類が要望するほとんどすべての染料および顔料を合成することができた。したがって天然染料でなくてはならない染料種は,趣味的なものは別として,実用的には現在まったくなく,染料はすべて合成染料を指すことになった。そのため天然染料という言葉は消えてしまい,合成染料と天然染料の分類の必要は消失した(天然色素の意義は現存する)。…
※「天然染料」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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