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天長節 テンチョウセツ

デジタル大辞泉の解説

てんちょう‐せつ〔テンチヤウ‐〕【天長節】

《「天長地久」から》四大節の一。天皇の誕生日を祝った祝日。明治6年(1873)国の祝日とされ、昭和23年(1948)に天皇誕生日と改称。→地久節

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百科事典マイペディアの解説

天長節【てんちょうせつ】

天皇の誕生を祝う日で,明治以来,四方拝紀元節明治節とともに四大節の一つ。光仁天皇の775年に天長節の儀が行われているが,のち廃絶。1868年に再興,1873年正式に国家の祝日となったが,1948年現在の天皇誕生日に改められた。
→関連項目国家神道

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世界大百科事典 第2版の解説

てんちょうせつ【天長節】

天皇誕生日の旧称。天長の語は《老子》の〈天は長く地は久し〉に由来し,すでに中国の皇帝もその誕辰の日を天長節と称していたが,日本では,775年(宝亀6)9月光仁天皇が,10月13日の誕辰の日を天長節と称し,その日百官に酺宴(ほえん)を賜い,天下諸寺の僧尼に経を読み仏道を行い,国家安泰,聖寿万歳の祈禱を行わしめ,あわせて殺生を禁断させると勅し,ついで同年10月13日初めて天長節が祝われたのが起源である。

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大辞林 第三版の解説

てんちょうせつ【天長節】

第二次大戦前における、天皇の誕生日の称。四大節の一。1948年(昭和23)天皇誕生日と改称。 〔「天長地久」の語による〕 → 地久ちきゆう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

天長節
てんちょうせつ

天皇誕生日」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

天長節
てんちょうせつ

天皇の誕生日を祝った祝日。その起源は中国の唐代、748年(天宝7)にさかのぼり、玄宗皇帝が老子の「天地長久」の語に基づいて創始した。天地とともに天子の寿命の限りないことを希(ねが)うという意味で、日本では775年(宝亀6)光仁(こうにん)天皇が詔(みことのり)して、自らの誕生日を祝したという記録がある。1868年(明治1)古代の例に倣って復活し、73年紀元節とともに国家の祝日となった。当日宮中では祭儀と宴会が行われた。第二次世界大戦後は「天皇誕生日」と改称された。[酒井信彦]

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世界大百科事典内の天長節の言及

【祝祭日】より

…【山本 泰男】
[日本]
 日本では古く《延喜式》に節会(せちえ)の制が規定され,なかでも元旦,白馬(あおうま),踏歌(とうか),端午(たんご),豊明(とよのあかり)の五節会が重く扱われた。武家時代には,人日(じんじつ),上巳(じようし),端午,七夕(たなばた),重陽(ちようよう)の五節句(節供)が重んじられたが,明治になって政府がまず天長節(孝明天皇誕生日。9月22日),1872年(明治5)神武天皇即位日(1月29日。…

※「天長節」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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