宴会(読み)エンカイ

世界大百科事典 第2版の解説

えんかい【宴会】

世界の諸民族の会には共通した点がいくつかある。宴会(宴(うたげ))が周期的に訪れる祭りの一環として行われ,そこに厳粛と狂騒,競争,浪費,贈与などをともなった非日常的な世界が展開されている。採集狩猟民エスキモーやアメリカ・インディアンのクワキウトル族オーストラリア原住民にとって,夏や乾季は労働の季節であるが,冬や雨季は彼らが連帯性を確認し,強化するために,祭りを集中的に行う季節である。宴会はこの季節に集まり,彼らは興奮のるつぼに誘い込まれる。

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大辞林 第三版の解説

えんかい【宴会】

人々が集まって酒食をともにし、歌い踊ったりする会。酒盛り。うたげ。 「 -を開く」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宴会
えんかい

酒や歌舞などを伴う高揚した心の触れ合う機会。宴(うたげ)とも饗宴(きょうえん)ともいう。また宴会の性格によって祭宴、祝宴、招宴、酒宴、狂宴などとよばれる。一般に宴会は季節ごとの折り目や人生の節目に行われ、忘年会や新年会が年末、年始という折り目に行われる宴会とすれば、子供の誕生祝いや結婚の披露宴などは、人生の節目に行われる宴会ということになろう。
 古代日本の官製民俗誌ともいうべき「風土記(ふどき)」には、宴が燕楽とか燕会、燕喜、宴遊などと表記され、春や秋などの一定の季節に、男女が丘の上や泉のほとり、海辺に集まり酒を飲み交わし、歌を歌い、踊りをして楽しむことが宴とよばれていた。当時、こうした宴は男女求婚の機会になっていたらしく、東日本では(かがい)、西日本では歌垣(うたがき)とよばれていた。
 平安時代の公家(くげ)社会では、正月に大臣の家で盛大な宴会が行われ、その宴会は宴座(えんのざ)と穏座(おんのざ)に分かれていた。宴座は威儀を正した儀式ばった宴会、これに対して穏座は、こうした堅苦しい宴会から解放された人々が、くつろいで楽しむ宴会であった。現代風にいえば、宴座は一次会、穏座は無礼講めいた二次会ということになろう。
 このような宴会の二重構造は、今日、祭りのときの宴にもみられる。直会(なおらい)とそのあとに行われる宴会がそれで、直会が厳粛な雰囲気のなかで行われる神人共食の宴とすれば、そのあとの宴会は、直会を済ませた人々がくつろいで楽しむ宴ということになろう。また、直会が日常生活の秩序や規範を強調し、形式性を重んじる祭儀の世界の宴とすれば、直会のあとの宴会は、日常生活の秩序や規範からの逸脱が公認された祝祭の世界の宴ということになろう。
 世界の諸民族の間にも、祭りのおりにさまざまな宴会が行われている。古代ギリシアでは、祭りに酒を痛飲することが、性の狂乱と同じように、多産を誇張することになっていた。アテネのアンテスリアの祭りには、人々はいやというほど酒をふるまわれて、一種の勝ち抜き合戦が行われ、もっとも早く杯を空(から)にした者が勝者になった。こうした喧噪(けんそう)の世界では、日常生活の秩序や規範が逆転され、人々は仮面や仮装で変身し、男が女を、女が男を、王が乞食(こじき)を、召使いが主人を演じた。古代ローマ人に親しまれたサトゥルヌスの祭りにも、自由な民と奴隷という身分上の差別が取り去られ、性の開放と暴飲暴食のらんちき騒ぎが行われた。南米ペルーの南東部に住むインディオの村では、毎年、9月の御誕生の聖母祭の期間中、教会での儀式と併行して仮面劇が行われるが、インディオたちは有り金をはたいて酒と喧嘩(けんか)で明け暮れ、狂乱と浪費のときを過ごすという。
 宴会は贈与交換の機会でもある。アメリカ北西部で狩猟採集生活を営んでいたクワキウトル人やハイダ人の間では、子供の誕生や結婚などの機会に祝宴が開かれ、主催者と招待された客の間で、ポトラッチとよばれる儀礼的な贈与交換が行われる。主催者は富や威信を誇示するために、相手を圧倒するような贈り物をするが、それを受け取った客も、それと同じ量もしくはそれ以上のものを返礼として差し出す。こうして競覇的な交換が際限なく続けられ、最後に相手を屈服させるために、財産の破壊という手段がとられる。こうした贈与交換は、パプア・ニューギニアの高地人の豚祭りの祝宴にもみられる。主催者は何頭もの豚をと畜して招待した人々に提供するが、客が貝その他の貴重品を贈るのに対して、主催者は威信を保つために、贈られた物より多くの、しかもより貴重な物をお返しとして差し出す。
 クリスマス・プレゼントが、キリスト降誕祭のクリスマスの贈与交換であることはよく知られているが、日本の歳暮もまた、かつて年の暮れの先祖祭のときの贈り物であった。近年は、師走(しわす)になると歳暮のやりとりが始まるようだが、以前は、暮れの27、28日から大晦日(おおみそか)にかけて行われ、親戚(しんせき)や隣近所から贈られた食物は、まず先祖に供えられ、これをあとで家の者が先祖と共に頂くというのが古い姿であった。
 また宴会は、贈与交換の機会であると同時に、交換財としての性格をもっている。宴会に招待された客は、互恵性の原理によって、他日、宴会を設けて、それに相手を招待するというパターンが広くみられるからである。日本の一部の村で、婚姻成立祝いの宴会が、花婿方と花嫁方で行われているが、これは一種の交換財といってよいだろう。また、毎年、商取引のために膨大な交際費を費やす企業間の宴会も、交換財としての性格の一面をもつ。[伊藤幹治]
『伊藤幹治・渡辺欣雄著『宴』(1974・弘文堂) ▽伊藤幹治著『宴と日本文化』(中公新書)』

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世界大百科事典内の宴会の言及

【社交】より

…日本で社交としての贈答(中元・歳暮)が盛んなのも,このためである。 日本人の社交の特色がもっとも典型的な形で現れるのは,会社などでの宴会である。そこでの宴会は,集団,組織が機能するうえで不可欠なものである。…

【日本料理】より

…その狭義の日本料理は,世界的にみてかなり特異な性格のものであり,本項目は主としてその性格形成の過程とその特徴について略述する。日本料理の構成要素である個々の食品などについてはそれらの各項目を,また,世界の中での日本料理のありようを確かめるためには,人類の食生活の諸形態の分析解明を試みた〈食事〉〈料理〉〈肉食〉〈宴会〉などの諸項目を参照されたい。
[性格]
 日本料理の性格を特異なものとした第1の要因は,日本の食生活が米食中心主義であったことに由来する。…

【もてなし】より

… 一般に,近代の公法が成立する以前には,宗教的・倫理的義務と考えられたこうしたもてなしの慣習が,地縁的あるいは血縁的共同体とその外部の社会との関係を支えていたといえる。宴会贈物【野村 雅一】
【日本】

[中世]
 〈もてなし〉の本来の語義は,相手をだいじに扱う,面倒をみる,たいせつに待遇すること,またそうした人に対するふるまい方を意味するが,転じて饗応,馳走(ちそう)を意味するようになる。饗応の意で広く使われるようになるのは,尾張国熱田社の神官が性蓮という僧を〈請じ寄せて,さまざまにもてなし,馬・鞍・用途など沙汰して,高野へ〉送った(《沙石集》)とか,若狭国太良荘(たらのしよう)の預所が六波羅の小奉行を招待して〈もてなし申〉(《東寺百合文書》),引出物に用途1結,厚紙10帖を贈ったなどの用例にみられるように,鎌倉中期以降のことであった。…

※「宴会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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