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奈良屋茂左衛門(4代) ならや もざえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

奈良屋茂左衛門(4代) ならや-もざえもん

?-1714 江戸時代前期-中期の豪商。
江戸深川霊岸島で材木商をいとなむ。天和(てんな)3年日光の大地震で東照宮が倒壊した際,修復工事をうけおって巨利をえた。江戸で火災がおきるたびに商売は繁盛し,巨万の富をきずいた。紀伊国屋文左衛門とならび称される。正徳(しょうとく)4年6月13日死去。江戸出身。姓は神田。名は勝豊。号は安休。奈良茂(ならも)とよばれた。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

奈良屋茂左衛門(4代)

没年:正徳4.6.13(1714.7.24)
生年:生年不詳
江戸中期の江戸の豪商。一般に奈良茂という。姓は神田氏。紀伊国屋文左衛門と吉原などで派手な遊興を争った奈良茂は,この4代茂左衛門勝豊。法名安休。父母は江戸の小商人。幼少のころ江戸の材木屋に使われ,商売を覚えた。元禄前代には独立して小店舗を持ち,材木丸太の商いを始める。天和3(1683)年5月日光に数次の大地震があって,東照宮が倒壊したため,その修復工事の請負のことがあった際,狡猾な手段を使い,請負に成功,巨利を占め,元禄期(1688~1704)には江戸屈指の材木問屋になった。江戸は火災が多く材木商売が繁昌し,一代にして巨額の資本を蓄積した。当時奈良茂は幕府の勘定方役人との関係を深めるため,吉原などの社交場で豪遊することがあり,江戸市民に巨額な富と事業の盛大さを印象づけた。その様子はのちの文学や随筆の世界(『江戸真砂六十帖』など)に記されている。60歳代で奇病のため世を去るが,そのとき多額の遺産を残した。遺言状によれば,家屋敷・有金・預ケ金の合計は金13万2530両。これを長男の5代茂左衛門に金7万390両,次男安左衛門に金5万70両,妻に3000両,親類に5130両,手代らに3640両を配分している。当代としては極めて多額の遺産である。そして2人の息子に幕府相手の事業は困難であるから,土地と貸家による収入で生活するよう親心を示した。息子たちは何もすることがないので,あるいは芝居に入れあげ,吉原などで遊興し,書画・骨董に大半を浪費してしまった。なお,4代目と5代目奈良茂が混同されて伝えられる場合が多い。墓地は東京・深川霊巌寺別院雄松院にある。<参考文献>『神田家文書』(国立国文学研究資料館史料館蔵),『東京市史稿』産業編10,鶴岡実枝子『「奈良茂家」考』(『史料館研究紀要』8号),中田易直「商人の経済生活」(『江戸風俗』3巻)

(中田易直)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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