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奉書船 ほうしょせん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

奉書船
ほうしょせん

江戸時代初期の南海貿易船。寛永8 (1631) 年から朱印船は将軍の発給する朱印状 (渡航免状) のほか老中奉書を必要としたのでこの名がある。江戸幕府海外渡航,貿易制限政策の一つで,同 12年鎖国により消滅した。 (→朱印船貿易 , 南海貿易 )  

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デジタル大辞泉の解説

ほうしょ‐せん【奉書船】

江戸初期、幕府によって特別に認可された海外渡航船。寛永8年(1631)以後、海外渡航の船は朱印状のほかに老中の奉書を必要とした。同12年鎖国のため廃止。

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百科事典マイペディアの解説

奉書船【ほうしょせん】

江戸初期,海外貿易に従った幕府公認の船。幕府による海外渡航や貿易の制限は朱印状の偽造などによる抜け道があり,また海外では朱印船排除の動きもあったため,より統制を強める目的で,1631年特権商人の朱印船に限り朱印状のほかに老中奉書を発行して海外渡航・貿易を許した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ほうしょせん【奉書船】

1631年(寛永8)6月に始まり,35年5月日本人の海外渡航が禁止されるまでの間,朱印船を海外に渡航させる場合,従来の朱印状のほかに老中の奉書を長崎奉行に差し添えて下すことが制度化された。この制度に基づいて渡航する船を奉書船という。以後,朱印船主は単に資金のみがあっても渡航者として適格とはいえず,江戸幕府との特殊関係者のみに限られ,幕府はこれによって海外貿易全般に対して管理,統制を強化した。その理由は,南方諸地域において日本の朱印船を排除する空気が強く,国際間の紛争も発生しており(台湾事件,シャムのアルカラーソ事件,シャムの山田長政毒殺やアユタヤ焼打ち事件など),それにキリスト教の取締りの強化や,日本からの武器輸出禁止,さらに偽造朱印状の横行などの問題があったからである。

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大辞林 第三版の解説

ほうしょせん【奉書船】

江戸幕府により特別に海外渡航を許可された貿易船に対する呼称。1631年以降、従来の朱印状に加え老中連署の奉書が必要とされたことによる。四年後の鎖国令によって廃止。 → 御朱印船

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

奉書船
ほうしょせん

江戸初期に将軍のほか老中の許可を得て東南アジアに渡航した貿易船で、朱印船の最終形態。異国渡海特許の朱印状の交付は、1609年(慶長14)ころからしだいに特定の大名や幕府と関係の深い豪商などに絞られてきたので、諸大名や幕府重臣のなかにも、朱印状をもたずに在住中国人名義でひそかに船を出すなど、朱印船制度はなし崩しに崩れつつあった。また1628年(寛永5)には朱印船がシャムでスペイン船に焼打ちされ、将軍の権威が傷つけられるという事件が起こった。幕府はこれらの事態に対処するため、1631年から朱印状のかわりに、老中連署の奉書を下し、これに基づいて長崎奉行(ぶぎょう)が発行した渡航許可証を貿易船にもち渡らせることとした。この制度は1635年鎖国による日本船の渡航禁止まで続いた。[中村 質]

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