コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

如拙 じょせつ

8件 の用語解説(如拙の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

如拙
じょせつ

室町時代の画僧。応永年間 (1394~1428) を中心として,将軍家の側近で活躍したことが確認される。伝記不明。相国寺の僧と推定され,宋元画を学んで日本の水墨画を開拓。将軍足利義持の命で座頭屏風として描いた妙心寺退蔵院蔵の国宝『瓢鮎 (ひょうねん) 図』は,31人の禅僧の賛があり,禅機図詩画軸の代表例。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

じょせつ【如拙】

室町時代の画僧。相国寺の僧で周文の師と伝える。初期水墨画壇の中心人物の一人。代表作「瓢鮎(ひょうねん)図」。生没年未詳。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

如拙【じょせつ】

室町時代の画家。生没年,経歴は不詳。《三教図》の賛から,〈如拙〉は絶海中津から与えられた号であること,また,唯一の確かな作品とされる退蔵院蔵の水墨画《瓢鮎図(ひょうねんず)》のから,この作品が15世紀初めに足利将軍(義持?)の命を受けて小屏風(びょうぶ)に描いたものであることなどがわかる。
→関連項目禅宗美術明兆

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

如拙

生年:生没年不詳
室町前期の相国寺の画僧。周文の師に当たり,足利将軍家と密接な関係にあった。「三教図」(両足院蔵)の絶海中津による賛文によれば,「大巧は拙なるが如し」の意からこの名を得たという。瑞渓周鳳の『臥雲日件録』によれば,応永21(1414)年から25年にかけて,相国寺の開山夢窓疎石の碑を建てる計画に参画しており,石材を求めて四国に出向いたことが知れる。室町前期水墨画の記念碑的作品「瓢鮎図」(退蔵院蔵)は,大岳周崇の序文により,「大相公」(足利義持)が「如拙をして座右の小屏に新様をもつて画かせた」ものであることがわかる。現在掛幅に改装されているこの図は,当初座屏の表裏であったものを上下につなぎあわせたものである。また,この「新様」についてはさまざまな解釈が可能だが,一般に当時輸入されていた梁楷,馬遠などの中国南宋院体画の様式を摂取したと解されている。なお大岳周崇の序文に続いて,当時の五山の名僧31名が題詩を寄せている。如拙の現存作品は他に「王羲之書扇図」(京都国立博物館蔵)が知られるのみであるが,いずれの作品も南宋院体画に対する深い理解に基づく高度な技法によるものであり,如拙の画技が前代までの禅僧の余技とは一線を画す本格的なものであったことを示す。如拙および周文の相国寺画系は15世紀の水墨画の基本的指針を形作り,雪舟にも大きな影響を与えた。<参考文献>『日本美術絵画全集』2巻,島尾新「瓢鮎図の研究」(『美術研究』335号)

(山下裕二)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

じょせつ【如拙】

室町時代の禅宗画家。生没年不詳。〈にょせつ〉ともよばれ,応永年間(1394‐1428)に活躍期をもつ。足利将軍家と関係の深い相国寺開山の建碑計画に参与している。《三教図》(両足院)に著讃している絶海中津の讃文によれば,〈大巧は拙なるが如し〉の意から大巧如拙の名を得たという。代表作《瓢鮎(ひようねん)図》(退蔵院)は,足利将軍(義満あるいは義持)が〈如拙をして座右の小屛に新様をもって画かせた〉ことが讃文に記されている。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

じょせつ【如拙】

室町時代の画家。相国寺の禅僧というが、伝・生没年未詳。宋の画風を取り入れ、室町時代の水墨画の先駆をなす。妙心寺退蔵院蔵「瓢鮎ひようねん図」など。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

如拙
じょせつ

生没年不詳。室町時代の応永(おうえい)期(1394~1428)に活躍した京都・相国寺(しょうこくじ)の画僧。当時相国寺にあった周文の師とも伝えられる。4代将軍足利義持(あしかがよしもち)の指導と援助で数々の画作に従事したと推定され、初期水墨画壇の中枢的役割を果たした。生前より画名高く、のちに長谷川等伯(はせがわとうはく)は『等伯画説』のなかで如拙を唐様(からよう)(宋元画(そうげんが))の開山と評し、その水墨画史上での指導的地位に言及している。如拙の号は、同時代の名僧絶海中津(ぜっかいちゅうしん)が「大巧(たいこう)なるがし」の意から命名したという。代表作に『瓢鮎図(ひょうねんず)』(国宝、京都・退蔵院)がある。これは「円くすべすべした瓢箪(ひょうたん)でぬるぬるした鮎(なまず)をおさえるには如何(いかん)」という禅の公案を図示したもので、将軍義持の命で制作されたもの。図上に大岳周崇(たいがくしゅうすう)、玉梵芳(ぎょくえんぼんぽう)など当時の五山を代表する禅僧31名が詩を寄せている。余白を大きくとった辺角景(へんかくけい)構図法や減筆の手法など、宋の院体画に学んだことが明らかで、以後のわが国の水墨画の進むべき道を決定づけた作品である。これ以外の如拙の作としては、『王羲之書扇図(おうぎししょせんず)』(京都国立博物館)、『三教図』(京都・両足院)などが著名。[榊原 悟]
『松下隆章著『日本美術絵画全集2 如拙/周文』(1981・集英社)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の如拙の言及

【如拙】より

…足利将軍家と関係の深い相国寺開山の建碑計画に参与している。《三教図》(両足院)に著讃している絶海中津の讃文によれば,〈大巧は拙なるが如し〉の意から大巧如拙の名を得たという。代表作《瓢鮎(ひようねん)図》(退蔵院)は,足利将軍(義満あるいは義持)が〈如拙をして座右の小屛に新様をもって画かせた〉ことが讃文に記されている。…

※「如拙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

如拙の関連キーワード南江宗玩相国寺派鉄牛時に当たる維明厳潘左素守拙巴泉相国寺の梵唄

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

如拙の関連情報