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妙源寺 ミョウゲンジ

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デジタル大辞泉の解説

みょうげん‐じ〔メウゲン‐〕【妙源寺】

愛知県岡崎市にある真宗高田派の寺。山号は、桑子山。正嘉2年(1258)親鸞(しんらん)の弟子の領主安藤信平が開創、明眼寺と称した。のち、徳川家康の保護を受け、妙源寺と改めた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

妙源寺
みょうげんじ

愛知県岡崎市大和(だいわ)町沓市場(くついちば)にある真宗高田派の寺。桑子(くわご)山と号する。華基(かき)院、平田山(ひらたさん)ともいう。本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)。親鸞(しんらん)の門弟念信房蓮慶(れんきょう)の開基。蓮慶は、もと安藤薩摩守(さつまのかみ)信平(のぶひら)といい、当地の領主であった。1235年(嘉禎1)親鸞が帰洛(きらく)のとき、信平は城内の太子堂に親鸞を請(しょう)じ、法化(ほうげ)を受けて弟子となった。1258年(正嘉2)城地の一部に一寺を建て、明眼(みょうげん)寺と称した。多田(源)満仲の発願により阿弥陀仏を安置、これを黒本尊という。三河念仏発祥の地である。永禄(えいろく)年間(1558~70)、一向一揆(いっこういっき)のとき、徳川家康は黒本尊に祈願し、難を逃れたという。のちこの本尊は増上(ぞうじょう)寺に奉安され、家康は寺号を妙源寺とし、厚く保護した。寺内太子堂は柳堂(鎌倉末期の建立)とも称し、親鸞聖人(しょうにん)絵伝、法然上人(ほうねんしょうにん)絵伝、善光寺如来絵伝とともに国重要文化財に指定されている。[清水 乞]

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