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妙知焼 みょうちやけ

百科事典マイペディアの解説

妙知焼【みょうちやけ】

1724年に起きた近世における大坂最大の火事。南堀江橘通3丁目(現西区)の金屋治兵衛の祖母妙知宅から出火したのでその名がある。火先は北堀江道頓堀から阿波座立売堀江戸堀まで全焼させ,船場に移って東西横掘川の橋々や上町(うえまち)を焼き,中之島・八軒家などを経て西成郡まで延焼

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世界大百科事典 第2版の解説

みょうちやけ【妙知焼】

1724年(享保9)の大坂の大火。この年3月21日正午ごろ,大坂南堀江橘通3丁目の金屋治兵衛祖母妙知方から出火,おりからの南西大風により北堀江を経て東北に焼け抜け,火の手は新町で2方向に分かれ,一方は西横堀川に沿って北進,阿波座堀川・京町堀川・江戸堀川から船場に移り,他方は西横堀川を越えて坐摩社・西本願寺津村別院を焼き,中之島・堂島・曾根崎など東北に延焼,八軒屋・天満西寺町・池田町を経て西成郡北野村・国分寺村・南長柄村に及ぶ。

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世界大百科事典内の妙知焼の言及

【大坂町奉行】より

…近世中期以後は老中支配で定員2名(1696‐1702年(元禄9‐15)は堺町奉行を吸収合併して定員3名となり和泉を支配したこともある),与力各30騎,同心各50名,役高1500石,役料現米600石が普通であった。奉行所は京橋口門外の東西にあり隔月月番で政務を見たが,1724年(享保9)の大火(妙知焼)後,西町奉行所だけは本町東詰へ移転した。一般職務のほかに遠国廻米,糸割符等広範な業務を担当し,1722年よりは摂津,河内,和泉,播磨の幕領の年貢徴収と地方公事等も管轄した。…

※「妙知焼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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