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宮部金吾 みやべきんご

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

宮部金吾
みやべきんご

[生]万延1(1860).4.27. 江戸
[没]1951.3.16. 札幌
植物学者。札幌農学校卒業 (1881) ,同校助教授 (83) ,アメリカハーバード大学に留学して植物学を修め (86~89) ,帰国後,札幌農学校教授 (89) 。札幌農学校は,のち東北帝国大学農科大学,北海道帝国大学となったが引続き 1927年まで教授の職にあり,植物学,植物病理学などを担当した。

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デジタル大辞泉の解説

みやべ‐きんご【宮部金吾】

[1860~1951]植物学者。江戸の生まれ。北大教授。北海道・千島・樺太(サハリン)の植物を調査・研究して、得撫(うるっぷ)択捉(えとろふ)両島間に植物分布の境界線が引けることを発見、のち宮部線と命名された。文化勲章受章。著「千島列島植物誌」など。

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百科事典マイペディアの解説

宮部金吾【みやべきんご】

植物学者。江戸の人。札幌農学校を卒業後,東大,ハーバード大学に学ぶ。札幌農学校教授を経て,北大農学部教授。植物病理のほか,海藻学なども研究。北海道,樺太,千島の植物調査を行った。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

宮部金吾 みやべ-きんご

1860-1951 明治-昭和時代の植物学者。
万延元年閏(うるう)3月7日生まれ。明治22年母校札幌農学校の教授となり,後身の北海道帝大教授とあわせて38年間在職。北海道・千島・樺太(からふと)(サハリン)の植物相を調査し,分布境界線(宮部線)を発見した。植物病理学,海藻の研究でも知られる。昭和21年文化勲章。昭和26年3月16日死去。90歳。江戸出身。

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世界大百科事典 第2版の解説

みやべきんご【宮部金吾】

1860‐1951(万延1‐昭和26)
植物学者。江戸生れ。札幌農学校卒業後,東京大学理学部において植物学を学び,またハーバード大学で海藻学,菌学を学んだ。北海道,千島列島,サハリンの植物相の調査を行い,《樺太植物志》(三宅勉と共著。1915)を著した。また北方海域の海藻の研究に先鞭をつけた。その後植物病理学に転じ,1918年北海道大学に植物病理学講座が開設されるのに伴い同教授。46年,文化勲章を受章。【佐藤 七郎】

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大辞林 第三版の解説

みやべきんご【宮部金吾】

1860~1951) 植物学者。江戸下谷の生まれ。札幌農学校に学び、キリスト教に入信。樺太・千島・北海道など北方植物を調査研究し、生物分布境界線(宮部線)を設定。また、日本の植物病理学の基礎を築いた。北大教授。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宮部金吾
みやべきんご
(1860―1951)

植物学者。江戸に生まれる。1881年(明治14)札幌農学校を卒業、その年から開拓使御用掛として、1884年からは札幌農学校助教授として東京大学に派遣されて植物学を学び、かつ北海道、千島の植物の研究に従事した。1886年からアメリカのハーバード大学に留学して海藻学と菌学を学んだ。1889年帰国して母校の教授となり、1909年(明治42)東北帝国大学農科大学(現、北海道大学)教授となる。
 北海道、千島、樺太(からふと)(サハリン)の植物相の調査研究を広く行い、千島列島中の得撫(うるっぷ)海峡に植物分布の顕著な境界を発見、のちに宮部線と命名された(1932)。その後植物病理学に転じ植物病理学担当の教授となった。帝国学士院会員(1930)。1946年(昭和21)文化勲章を受章。[佐藤七郎]

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