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山崎直方 やまざきなおまさ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

山崎直方
やまざきなおまさ

[生]1870.3.10. 高知
[没]1929.7.6. 東京
地理学者東京高等師範学校教授 (1902) を経て東京帝国大学教授 (11) 兼東京高等師範学校教授。 1925年日本地理学会を創設して初代会長となった。同年帝国学士院会員となり,29年には東京文理科大学教授を兼任。

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デジタル大辞泉の解説

やまざき‐なおまさ〔‐なほまさ〕【山崎直方】

[1870~1929]地理学者。高知の生まれ。東大に地理学科を創設、また日本地理学会を組織。日本アルプス立山カールを発見するなど多くの業績があり、日本での氷河の存在についても論争。佐藤伝蔵との共著「大日本地誌」は大著。

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百科事典マイペディアの解説

山崎直方【やまざきなおまさ】

地理学者。高知県生れ。東大で地質学を学び,ウィーンで地形学者A.ペンクに教えを受けた。東大教授。日本アルプスの過去の氷河作用秋吉台カルスト地形丹那盆地断層地形など多くの研究があり,日本の地理学,地形学の基礎を築いた。
→関連項目ヘットナー山崎カール

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山崎直方 やまざき-なおまさ

1870-1929 明治-昭和時代前期の地理学者。
明治3年3月10日生まれ。母校東京帝大の教授となり,地理学科を開設。北アルプス氷河地形(山崎カール)を発見。佐藤伝蔵と「大日本地誌」をあらわした。国際地理学連合副会長,日本地理学会初代会長,学士院会員。昭和4年7月26日死去。60歳。土佐(高知県)出身。著作に「西洋又南洋」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

山崎直方

没年:昭和4.7.26(1929)
生年:明治3.3.10(1870.4.10)
明治大正期の地理学者。日本にアカデミックな地理学を樹立した。土佐国(高知県)出身。明治28(1895)年帝大地質学科卒。留学して,ドイツのA.ペンクに地形学を学ぶ。帰国して東京高等師範,東京帝大教授となり,地震研究所員,東京文理大教授を兼ねた。44年東京帝大地質学科に地理学講座が新設されると担当,大正8(1919)年分離して本邦最初の地理学科が創設されて,初代教授となる。昭和4(1929)年東京文理大でも地理学科を独立,最初の主宰者となった。大正14年日本地理学会を組織し,初代会長に選ばれた。同年太平洋問題調査会創立に際して日本側発起人のひとりとなり,国際地理学連合副会長に選ばれ,第3回汎太平洋学術会議(1926年,東京)を運営するなど国際交流に尽くした。研究業績に白馬岳の氷河によるカールの発見,中国山地の準平原論,関東大地震構造地形論などがあり,没後刊行の『山崎直方論文集』(1930)に収録されている。大学同期の佐藤伝蔵と共著の『大日本地誌』(1904~15)は近代地誌の先駆といわれた。

(石山洋)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

やまざきなおまさ【山崎直方】

1870‐1929(明治3‐昭和4)
地理学を近代科学として位置づけ,国際レベルに高めた日本の代表的地理学者。高知県土佐郡旭村赤石(現,高知市内)に生まれ,三高を経て,1895年東京帝国大学理科大学地質学科を卒業,98年から4年間ドイツに留学,J.J.ライン,A.ペンクら近代地理学の巨匠の指導を受けた。帰国後,1902年東京高等師範学校教授,11年東京帝国大学理科大学教授となり,同大学に地理学講座が開設されるとその担当を兼ね,19年これを地理学科に発展させ,日本の地理学に新時期を画した。

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大辞林 第三版の解説

やまざきなおまさ【山崎直方】

1870~1929) 地理学者。高知県生まれ。東大卒。日本アルプスの氷河作用など地形学に多くの業績を残す。日本地理学会の創立にも尽力。著「我が南洋」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

山崎直方
やまさきなおまさ
(1870―1929)

地理学者。東京大学地理学科初代の教授であり、京都の小川琢治(たくじ)とともに日本地理学の開拓者。高知県出身。東京帝国大学地質学科卒業。ドイツにおいてラインJohannes Justus Rein(1835―1918)、A・ペンクなどに学び、国際地理学連合、太平洋学術会議などの役員として国際的に活躍した。火山・氷河・地形構造など地形学を発達させたのみでなく、人文・経済・政治地理の研究がある。北アルプス立山には山崎カールとよぶ氷河圏谷が記念されている。東京高等師範学校の教授を兼任し、また日本地理学会を創設。会長として日本の地理学、地理教育の発達に貢献した。学士院会員、東大法科の講義、東宮御学問所の御進講や、関東大震災後の地殻変動の調査など、広く社会的活動を行った。佐藤伝蔵(1870―1928)との共著『大日本地誌』10巻(1903~1915)は日本地誌学の金字塔である。『西洋又南洋』(1926)は優れた地理学旅行記である。多くの論文があり、『山崎直方論文集』2巻(1931)としてまとめられている。[木内信藏]

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世界大百科事典内の山崎直方の言及

【集落】より

…以降の村落研究は,村落形態においても時代的変化を織り込んだフランス学派の立場にたった史的追求がなされ,古代末に小村~疎塊村が形成され,それが中世には集村へと移行したとする論に傾いてはいるが,なお永原慶二によって出された中世散居小村論との基本的関係については,今後の重要な検討課題として残されている。 集落地理学としての都市研究は,山崎直方の《わが国市邑の地理的組織》(1904)および《清国の都邑の構造について》(1906)に始まる。都市は村落と異なって構造の意味が多様であり,時代とともに変化してきた。…

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