江戸初期の画家。字は勝以(かつもち),又兵衛は通称。伊丹城主荒木村重の子と伝えられる。村重が織田信長に反逆し,その一族は処刑されたが,彼は難を逃れ,京都本願寺に隠れて母方の姓を名のり,京で成長したという。在京時代は織田信雄(のぶかつ)に仕えたともいい,また二条家に出入りした形跡がある。1615年(元和1)ころに越前北ノ庄(現,福井市)へ下り,松平忠直,忠昌の恩顧を受け,工房を擁して本格的な絵画制作を行ったと思われる。37年(寛永14)に江戸へ下り,そこで没した。江戸下向の道中記《廻国道之記》が知られ,この時期の代表作に川越東照宮の《三十六歌仙図額》(1640)がある。落款をもつ作品には,やまと絵や漢画の手法を幅広くとりいれた和漢の物語・故事に取材した人物画が多いが,古典の人物を卑俗な現世的人物像に仕立てなおす解釈に又兵衛の強い個性と生い立ちを反映する屈折した心理が読みとれる。一方,無款ながら様式的に又兵衛と工房の制作と推定されている《山中常盤絵巻》をはじめとする古浄瑠璃や説経節の正本を用いた絵巻や風俗画が存在する。美人風俗画の確実な遺品はないが,在世中から浮世又兵衛のあだ名で呼ばれており,寛永期風俗画に大きな影響を与えたことが推測される。従来は否定的見解が強かった又兵衛浮世絵開祖説も別の角度から再検討されよう。又兵衛が活躍した寛永年間には,幕府権力と結びついた探幽ら狩野派の活動や,経済力を背景に新たな文化の担い手となった本阿弥光悦,角倉素庵,俵屋宗達らの上層町衆の創造的な活動と並んで,数多くの風俗画作品をのこした町絵師と呼ばれる無名の画家たちの広範な活動が注目される。こうした在野的な性格をもつ又兵衛の作品に一貫して流れるエキセントリックな表現の調子は,この時期に確立,強化される幕藩体制から脱落していく没落武士階級の退廃的なエネルギーの発散を象徴している。桃山から江戸への過渡期にあたる多彩な寛永文化の一側面を代表する重要な画家の一人である。
執筆者:鈴木 廣之
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江戸初期の画家。摂津国伊丹(いたみ)城主荒木村重(むらしげ)の子。名は勝以(かつもち)、通称又兵衛、道蘊(どううん)、碧勝宮(へきしょうぐう)と号した。2歳のときに父は織田信長に敗れ、母は六条河原で処刑された。又兵衛はからくも乳母(うば)に救われ、京都で育った。家門の再興をあきらめて母方の姓といわれる岩佐に改姓、師承関係は明らかでないが、画家として身をたてることになる。元和(げんな)年間(1615~24)の初めごろ越前(えちぜん)福井(北之庄(きたのしょう))に移って藩主松平忠直(ただなお)の厚遇を受け、皮肉な風刺を利かせた和漢の人物画(東京国立博物館ほかの『旧金谷屏風(かなやびょうぶ)』や熱海(あたみ)・MOA美術館の『人麿(ひとまろ)、貫之(つらゆき)像』など)や極彩色の古浄瑠璃(こじょうるり)絵巻(MOA美術館の『山中常盤(ときわ)物語絵巻』と『浄瑠璃絵巻』など)に個性的な作風を展開させた。1637年(寛永14)、妻子を残して福井をたち、江戸へ出て川越東照宮の『三十六歌仙額』(1640)などを制作、そのまま江戸で没した。「長頬豊頤(ちょうきょうほうい)」の特徴をもつ豊満な美人画像の典型を生み、時様の風俗画にも新風を開いて、世に「浮世又兵衛」とうわさされる。菱川師宣(ひしかわもろのぶ)に始まる浮世絵の様式的素地を準備し、英一蝶(はなぶさいっちょう)にも影響を与えた。子の勝重(?―1673)は、父が江戸へ出てのちも福井にとどまり、松平藩の御用絵師として活躍した。
[小林 忠]
『辻惟雄著『日本美術絵画全集13 岩佐又兵衛』(1980・集英社)』
(2014-8-20)
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1578~1650.6.22
江戸前期の絵師。摂津国伊丹城主荒木村重の子。岩佐は母方の姓,名は勝以(かつもち),又兵衛は通称。道蘊(どううん)・碧勝宮(へきしょうぐう)と号した。1637年(寛永14)江戸に上る。土佐派・狩野派などを修得し,古典的な題材に当世風の卑俗さを加えた新しい画風で,菱川師宣(もろのぶ)以後の浮世絵様式の基礎を形成。代表作「柿本人麿・紀貫之像」「三十六歌仙絵額」「耕作図屏風」。
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