幽霊(亡霊)(読み)ゆうれい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「幽霊(亡霊)」の意味・わかりやすい解説

幽霊(亡霊)
ゆうれい

死者の亡霊がこの世に現れるものをいう。

[大藤時彦]

日本

青森県では人玉(ひとだま)といい、やはり人の姿で現れるという。橘南谿(たちばななんけい)の『東遊記』(1795~98)には、秋田県地方では死に近い人の人魂が近親や友人の家を訪れるとある。あまり口をきかないという。同地方の仙北(せんぼく)郡では男の幽霊は家の入口から、女の幽霊は台所からくるという。『新潟県史』には、幽霊が河岸に現れて渡し船を出してくれといったという話がある。船頭には人影は見えなかったが、人が乗り込んだ感じがしたので船を出して対岸へ渡ると、幽霊は礼をいって去ったという。

 わが国は島国であるためか、海の船(ふな)幽霊の話が多い。幽霊船が現れて柄杓(ひしゃく)を貸してくれという。そのとき柄杓の底を抜いて渡すものだという。そうしないと柄杓で水をくんで水船にされるという。紀州(和歌山県)などでは、幽霊船が出たらかまわずぶつかっていくと消えてしまうという。幽霊は室町時代以後、謡曲歌舞伎(かぶき)の題材として取り上げられるようになった。幽霊には足がないとされているが、これは円山(まるやま)応挙の絵が有名になったためでもあり、古くは足があったという。津村淙庵(そうあん)の『譚海(たんかい)』(1795)によると、相州(神奈川県)に灯明台があるが、そこへ7月13日にかならず幽霊が集まったという。難船した乗組員といわれている。山口県下関(しものせき)市の永福寺では、7月17日に幽霊祭を行い秘蔵の幽霊画を披露する。これを参観して帰ると家庭円満になるという。

[大藤時彦]

西洋

18世紀ドイツの著述家リースベックJ. K. Riesbeckによれば、彼がバンベルクの町にやってきたとき、ある通りに夜の11時から12時までの間は頭のない男が出没するというので、夜警がこの時間帯には勤務を拒否しているという話を聞いたという。18世紀といえば、まさに啓蒙(けいもう)主義の時代だが、夜警をはじめバンベルクの人たちは「頭のない幽霊」の実在を信じていたわけである。また同時代のドイツの著述家シュトロームベックF. K. v. Strombeckの自邸には葬儀用具を保管する部屋があったが、そこから夜な夜な先祖たちが列をなして現れ、家の中を通って地下室へ入っていったという。一家の危急に備えて地下に保管されている財宝を守るためだと言い伝えられているのだが、当時でも多くの上流家庭にこのような家霊というか、財宝を守護する幽霊の伝承があった。さらに、1725年にドイツのホーエンツォレルン侯国の狩猟局は、妖精(ようせい)や霊たちをとらえた者には五フローリンの賞金を出すと布告しているし、ウィーン宝物殿には、ある男に取り憑(つ)いた守護霊というものをガラスの箱に入れて展示してあった。幽霊といえば、その実在が一般に信じられていたのは遠い古代・中世のことと思われがちだが、実は200年前のヨーロッパにもさまざまな形で幽霊の存在は信じられていたのである。

 ハイネの作品にも幽霊話がよく出てくる。宴会用に台所で大ぜいの人たちが料理をつくっているとき、見知らぬ若者がそのなかに混じって立ち働いているのに気づいた主婦が、あなたはだれで、どこからきてくれたかと尋ねると、地下室を見てくれればわかる、と若者が答えた。あとで主婦が地下に降りてみると、ブドウ樽(だる)の中に赤ん坊死体が浮いていた。昔、自分がひそかに生み落とした赤ん坊をこうして始末しておいたのが、幽霊になって手伝いにきたわけである。

 このように、人間の肉体が死んでも魂は死なずに現世をうろついたり、家霊となって意識的に家宝を守ったり、現世への未練心から現世にとどまったりする話は西洋にもたくさんある。霊が他人や動物にのりうつったり、夢のなかで魂が肉体から離れてさまようこともある。古代ローマでは町の地下に死者の霊が住むと信じ、地下にその住居をつくってやったり、穴の出口をふさいでいる幽霊石を祭り日にだけあけて出入りを自由にさせた。人々は、生者を守ろうとする幽霊からはその霊力を借りようとするし、生者に害を加えようとしたり、あの世へ連れ去ろうとする霊に対しては、これを経文などによって遠ざけたり、警戒したり、その機嫌をとったりした。殺された人や弔われない人、処刑された人、望みを果たさないまま無念に死んだ人たちの幽霊は、生者がこれを慰め、弔い、希望をかわってかなえてやることによって消え去るものともされた。

 幽霊は、生前のまま、殺されたときのまま、骸骨(がいこつ)、首なし、白衣、あるいは、透明な幻として現れ、気味悪い音楽や雷鳴、ドアをノックする音などを伴うことが多いし、出現する場所も、墓場、殺された場所、刑場、寺院や城の跡、町の辻(つじ)、橋などが多く、夜明けに鶏が鳴くと姿を消す場合が多い。万霊節(11月2日)に死者たちが列をなして現れ、寺院の供養に参加し、夜は墓場に鬼火となって現れるともいわれる。

 幽霊物語は18世紀後半から発達し、ホレス・ウォルポールの『オトラントの城』(1764)はその草分けといわれる。その後、ホフマン、ティークや、ポーらの諸作品が人気をよんだが、それらは単なる架空の話としてよりも、むしろ、民衆のもつ実在感によってさらに迫力のあるものとして受け取られたと考えるべきであろう。

[飯塚信雄]

『マックス・フォン・ベーン著、飯塚信雄他訳『ドイツ十八世紀の文化と社会』(1984・三修社)』

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