慶野松原(読み)けいのまつばら

日本歴史地名大系 「慶野松原」の解説

慶野松原
けいのまつばら

[現在地名]西淡町松帆慶野

三原川河口北岸、古津路こつろから津名つな鳥飼下とりかいしも(現五色町)に至る三キロ余の海岸沿いの砂洲砂丘に形成された松の防風林。「万葉集」巻三の柿本人麻呂羇旅の歌に「飼飯けひの海の庭好くあらし刈薦の乱れ出づ見ゆ海人の釣船」とあるのは当地をさすとされる。近世景勝地として名高く井原西鶴の「名残の友」では「景野の松原」、大淀三千風の「日本行脚文集」では「気比の松原」と記されている。「淡国通記」には松帆まつほ浦と記される。「重修常磐草」によれば、室町時代後期に松帆山感応かんのう寺が感応寺(現緑町)より古津路村松原内に移転してきて松帆浦とよばれるようになったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「慶野松原」の意味・わかりやすい解説

慶野松原
けいのまつばら

兵庫県南部、南あわじ市松帆(まつほ)慶野にあり、淡路島西岸の砂丘に連なる広大な松原をいう。国の名勝古代は笥飯野(けひの)と書き、中世以後慶野を用いる。樹齢数百年の黒松大木白砂に展開し、瀬戸内海国立公園の一部となっている。夏季若人(わこうど)のキャンプ場、海水浴場としてにぎわう。近くの丘陵地からは銅鐸(どうたく)が出土し、柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)が『万葉集』に「飼飯(けい)の海の庭良くあらし……」と詠んだ由緒の深い海岸である。

[吉田茂樹]


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デジタル大辞泉プラス 「慶野松原」の解説

慶野松原

兵庫県南あわじ市、三原川河口部から北の五色浜までの海岸沿いの約2.5kmにわたり帯状に続く松林。国指定名勝。1987年には「日本の白砂青松100選」に選定されている。

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事典・日本の観光資源 「慶野松原」の解説

慶野松原

(兵庫県南あわじ市)
日本の白砂青松100選」指定の観光名所。

出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報

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