懐奘(読み)エジョウ

デジタル大辞泉 「懐奘」の意味・読み・例文・類語

えじょう〔ヱジヤウ〕【懐奘】

孤雲懐奘こうんえじょう

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精選版 日本国語大辞典 「懐奘」の意味・読み・例文・類語

えじょうヱジャウ【懐奘】

  1. 鎌倉初期の僧、孤雲懐奘の諱(いみな)。孤雲は号。京都の人。道元に師事し、永平寺建立および「正法眼蔵」の著作を助け、建長五年(一二五三)永平寺第二世となった。著に「正法眼蔵随聞記」など。建久九~弘安三年(一一九八‐一二八〇

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改訂新版 世界大百科事典 「懐奘」の意味・わかりやすい解説

懐奘 (えじょう)
生没年:1198-1280(建久9-弘安3)

鎌倉時代の禅僧。字は孤雲,諱(いみな)は懐奘。京都の人,九条為通の後裔。初め叡山横川の円能についたが,のち多武峰覚晏に参じた。さらに建仁寺の道元に,ついで1234年(文暦1)冬,再び深草の道元の門に投じ,ともに越前に移って,その教化を助けた。53年(建長5)7月永平寺に住したが,道元に従って上京,その死後骨を負って永平寺に帰った。67年(文永4)寺を徹通義介に譲り,72年再住したが80年8月24日没した。道元の思想の忠実な祖述者で,道元の《正法眼蔵》を整理清書した中心人物。《正法眼蔵随聞記》の作者に擬せられている。
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「懐奘」の解説

懐奘 えじょう

1198-1280 鎌倉時代の僧。
建久9年生まれ。曹洞(そうとう)宗。日本達磨(だるま)宗の仏地覚晏(ぶつち-かくあん)にまなび,その助言で道元に師事し,その法をつぐ。越前(えちぜん)(福井県)永平寺の創建に助力し,のち2世となる。道元の「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」の編述に協力。師の教えを筆録,門下が「正法眼蔵随聞記(ずいもんき)」としてまとめた。孤雲(こうん)懐奘とも称される。弘安(こうあん)3年8月24日死去。83歳。京都出身。俗姓は九条。諡号(しごう)は道光普照国師。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「懐奘」の解説

懐奘
えじょう

1198~1280.8.24

鎌倉中期の曹洞宗の僧。道号は孤雲。永平寺2世。京都生れ。九条為通の曾孫,為実の孫。はじめ比叡山で天台・南都の教学を学び,ついで証空から浄土教,さらに多武峰(とうのみね)の覚晏(かくあん)から大日能忍流の臨済禅を学んだ。1234年(文暦元)深草の道元のもとに参じ,翌年法をついだ。以後,終生道元に従い「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」などの著作を手伝い,「正法眼蔵随聞記」をまとめた。道元死後,永平寺2世として教団をまとめた。

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世界大百科事典(旧版)内の懐奘の言及

【正法眼蔵随聞記】より

道元が嘉禎年間(1235‐38),日常その門下に語った修行の心がまえを,弟子の懐奘(えじよう)(1198‐1280)が克明に記録したもの。6冊の書冊にまとめられたのは懐奘没後のことである。…

※「懐奘」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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