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懐奘 エジョウ

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デジタル大辞泉の解説

えじょう〔ヱジヤウ〕【懐奘】

孤雲懐奘(こうんえじょう)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

懐奘 えじょう

1198-1280 鎌倉時代の僧。
建久9年生まれ。曹洞(そうとう)宗。日本達磨(だるま)宗の仏地覚晏(ぶつち-かくあん)にまなび,その助言で道元に師事し,その法をつぐ。越前(えちぜん)(福井県)永平寺の創建に助力し,のち2世となる。道元の「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」の編述に協力。師の教えを筆録,門下が「正法眼蔵随聞記(ずいもんき)」としてまとめた。孤雲(こうん)懐奘とも称される。弘安(こうあん)3年8月24日死去。83歳。京都出身。俗姓は九条。諡号(しごう)は道光普照国師

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世界大百科事典 第2版の解説

えじょう【懐奘】

1198‐1280(建久9‐弘安3)
鎌倉時代の禅僧。字は孤雲,諱(いみな)は懐奘。京都の人,九条為通の後裔。初め叡山横川の円能についたが,のち多武峰の覚晏に参じた。さらに建仁寺の道元に,ついで1234年(文暦1)冬,再び深草の道元の門に投じ,ともに越前に移って,その教化を助けた。53年(建長5)7月永平寺に住したが,道元に従って上京,その死後骨を負って永平寺に帰った。67年(文永4)寺を徹通義介に譲り,72年再住したが80年8月24日没した。

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大辞林 第三版の解説

えじょう【懐奘】

1198~1280) 鎌倉時代の曹洞そうとう宗の僧。号は孤雲。藤原氏の出身。比叡山の横川よかわで学び、のち道元に長く侍し、道元没後永平寺第二世となる。著「正法眼蔵随聞記」など。

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世界大百科事典内の懐奘の言及

【正法眼蔵随聞記】より

道元が嘉禎年間(1235‐38),日常その門下に語った修行の心がまえを,弟子の懐奘(えじよう)(1198‐1280)が克明に記録したもの。6冊の書冊にまとめられたのは懐奘没後のことである。…

※「懐奘」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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