技術史(読み)ぎじゅつし(その他表記)history of technology

改訂新版 世界大百科事典 「技術史」の意味・わかりやすい解説

技術史 (ぎじゅつし)
history of technology

技術は他の分野と違ってその進歩が明確で蓄積的なので,技術の歴史に対する関心は早くからあったように思われるが,必ずしもそうではない。他の分野と同じく最初の技術史は事物の起源を問う神話的なものであった。すなわち,ギリシア神話プロメテウスが人間に火を与えたとし,周易の〈繫辞伝〉下は包犠氏が狩猟・漁労用の網を作り,神農氏が耕作具を作ったと説き,舟や車や弓矢・住居・文字等についてその起源を考察している。またエジプトではトートが文字や諸技術の創始者とされた。人間に技術を教えたとされるこれらの伝説的人物が,神と人の中間的存在であることは重要で,技術は神が与えたものというより人間特有のものであり,しかもその担い手は人間以上の存在と考えられていたのであった。これらの起源譚は神話であって〈歴史〉とはいいがたく,最初の歴史らしいものは,優れた技術者の伝記であった。古くはヘロドトス(《歴史》)やプルタルコス(《英雄伝》)や司馬遷(《史記》)や《今昔物語集》などで扱われた仕方である。そこではエウパリノスEupalinos(前6世紀のギリシアの技術者)やアルキメデスや李冰(りひよう)や飛驒工(ひだのたくみ)などがあげられている。このような扱い方が支配的だった時代に,ウィトルウィウスの《建築十書》や大プリニウスの《博物誌》や中国の〈考工記〉が,メカニズムや材料を中心とした技術の扱いを示していることは注目に値する。

 中世では伝統が重んじられていたので,新機軸よりも信頼性や洗練度が重視され,技術は芸術に近いものになった。したがって技術史も,美的評価にもとづく優れた建築家や工芸家の伝記や,様式の変遷史が中心であった。しかし広い版図を支配したイスラム圏では伝統の異なる珍しいものが関心をひき,とくに地歴書(たとえば,マスウーディーの《黄金の牧場と宝石の山》)には各地の技術の様式や特色が記載されている。

 近世に入ると技術は急速に発達したので,新技術への注目や技術史への関心が芽生えた。最も早く近世に入った中国では,沈括(しんかつ)が《夢渓筆談》で活字印刷術や磁針その他について多数記述し,曾公亮の《武経総要》は磁針や火薬をはじめとする多数の技術記録を残した。西欧では,ビラール・ド・オヌクールがその《画帖》に当時の技術を記録しているが,とくに15~16世紀に新技術を記載した書物が多数出現し,F.ベーコンはこれらの技術誌を学問の中に位置づける新しい学問分類を提案した。ベーコンの重要な点は,他の学問と違って〈機械的技術においては,最初の考案はごくわずかなことしかなしとげず,時がこれにつけたして完成する〉として,技術の進歩が蓄積的で改良・洗練されていくものであることに注目したことと,〈技術史(誌)の効用はすべての歴史(誌)のうちで自然哲学のために最も根本的で基本的なものである〉として技術史(誌)の研究を提唱した(1605)ことである。これを受けた技術誌は18世紀フランスの《百科全書》で実現された。〈学問・技芸・工芸の(des sciences,des arts et des métiers)合理的事典〉という副題はその内容をよく示している。しかし,これより100年以上前に中国では宋応星が《天工開物》という詳細な技術誌を著していたことは注目されよう。

 ヨーロッパで最初の技術史の書物はJ.ベックマンの《発明史》(1780-1805,邦題《西洋事物起原》)で,個別的に古代からの文献を広く渉猟してまとめた事典である。項目数は多くはないが,歴史的配慮が行き届いており,各国語に訳されてその後の技術史研究の出発点となった。19世紀にはとくにドイツで研究が進み,1899年にはベックTheodor Beck(1839-1917)が《機械技術史》を書いて一つの典型を示した。これはアレクサンドリアヘロンから始めて,ウィトルウィウス,大カトーなどの古代の書物,ビリングッチョ,G.アグリコラ,G.カルダーノ,ベッソンJacques Besson,ラメリAgostino Ramelli,レオナルド・ダ・ビンチその他の15~16世紀の技術書を近代的な図版を入れて紹介しつつ,ワット蒸気機関に至るもので,それまでの発明物語にとどまらない専門的な技術史の書物であった。19世紀には近代考古学が成立し,とくにミュラーKarl Otfried Müller(1797-1840)の《美術考古学教本》(1830)が技術史を含む新しい視点を示して研究法が確立しただけでなく,先史時代の考古学が始まって発掘による技術史料が豊富になった。C.J.トムセン以来,先史時代の時代区分が技術史にもとづいて行われるようになったし,化学分析の技術や炭素の放射性同位元素14Cによる絶対年代測定技術も進んで,先史時代技術史は考古学と結びついている。

 他方,19世紀における経済学や社会学の成立は,技術と社会の関係についての研究を促し,20世紀には経済史家によるいくつかの優れた技術史研究を生んだほか,産業革命史の一環としての技術史,経営史の一環としての技術史,科学史の背景としての技術史など,多面的な研究が進んだ。第1次大戦後はヨーロッパ文明の危機の意識が高まり,マンフォードら文明史家による技術史研究やマルクス主義者による社会発展の基礎(生産力)としての技術史研究も行われた。20世紀後半の特徴としては,科学と技術との関係,技術移転(テクノロジー・トランスファー),技術思想,テクノクラシーテクノロジー・アセスメント,技術と女性,技術と文学,技術と国家,技術と軍事,技術と環境など多くの問題が技術史の主題となり,コンピューターにみられるように開発目標設定のための技術史研究も行われるようになったことである。さらに,産業遺跡や産業遺物の保存事業が進み,産業考古学という新しい分野も生まれた。

 日本の技術については,江戸時代には工芸品鑑定のための様式史や名工史が主であったが,明治以後,黒川真頼(まより)の技術史関係文献によるまとめ(《工芸志料》1878)をはじめとして,経済史家(横井時冬など),人類学者(西村真次など),考古学者(小林行雄など)による研究のほか,三枝博音が技術思想を含めて伝統技術,欧米技術の受容など広く歴史的に取り扱って日本技術史研究を定着させた。日本では従来,技術史料は廃棄される傾向が強かったが,最近は各地に民俗資料館や企業博物館が相ついで誕生して,産業技術資料が保存されるようになり,また工学系の各学会も,技術史に強い関心をもって積極的に取り組むようになってきている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「技術史」の意味・わかりやすい解説

技術史
ぎじゅつし
history of technology

技術発達の歴史を究明する歴史学の一分野。人間生活の発達の歴史や科学史とは切り離せないものである。古代エジプトでは農耕技術やピラミッド築造,ナイル川の治水工事などに代表される土木技術が発達し,中世では,風車,水車などの動力を利用する技術が発達した。本格的な技術利用は産業革命からで,J.ワットの蒸気機関の発明を境として,あらゆる分野で技術水準が高まった。第2次世界大戦以後は電子工学,高分子化学,原子力,自動制御などが急展開し,第2次産業革命と呼ばれる。日本では,明治維新以前はアジア大陸から,以後はヨーロッパ,アメリカから技術が導入され,その消化,応用に努めた。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「技術史」の意味・わかりやすい解説

技術史
ぎじゅつし

技術

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