放射線の照射によって物質(おもに固体)の構造が乱れ(格子欠陥の生成)、性質が変化することをいう。照射損傷ともいう。生ずる変化は、照射する放射線の種類、対象となる物質によって異なる。たとえば、食塩などのイオン結晶にγ(ガンマ)線を照射すると、結晶中の原子の位置には変化がなく、電子が空の格子点などに捕捉(ほそく)されて、いわゆる色中心をつくる。照射したガラスが着色するのもこのような原理による。この着色は、焼きなまし(アニーリング)により温度をあげると消失する。また、金属に中性子を照射すると、金属中の原子は結晶格子位置からはじき出され、さまざまな「欠陥」をつくる。入射した中性子のエネルギーが25電子ボルト程度より大きい場合は、1個の原子をはじき出すことができるが、このエネルギーが50電子ボルトより大きい場合は、はじき出された原子は次の原子と衝突して、これもはじき出す。このようにして次々と衝突を繰り返す結果、中性子が入射した部分を中心に、数百原子程度にわたって、結晶格子の乱れが生じる。これをスパイクとよぶ。
高放射線下における実用上重要な放射線損傷の例をいくつかあげておく。コールダーホール型原子炉の減速材に用いられている黒鉛には、エネルギーが蓄積され、照射損傷が生じる。蓄積したエネルギーを除くためには、温度をあげてアニーリングを行う必要があり、その際に大量の熱が放出される(ウィグナー放出)。1957年イギリスのウィンズケールで発生した大量の放射性物質放出を伴う事故は、この発生熱の制御に失敗したためであった。また、金属材料の場合、中性子照射によってもろくなる。軽水型発電炉(軽水炉)の圧力容器は大量の中性子を浴びるため、原子炉の寿命末期において、この圧力容器に脆性(ぜいせい)破壊が生ずる危険性が指摘されている。そのほか、同じ軽水炉に用いられるウラン酸化物燃料においても、放射線の影響などによってさまざまな組成変化が生じ、燃料破損の原因となってきた。照射損傷の研究は高放射線にさらされる材料の開発のうえで重要である。
[舘野 淳]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
固体が放射線によって受ける損傷.原子炉材料はとくに大強度の放射線を受けるので,放射線損傷を受けにくい性質をもつことが必要である.一般に,中性子,α線,核分裂片のような重荷電粒子のほうが,γ線や電子線(β線を含む)に比べて効果がはるかに大きい.その原因は,普通の放射線損傷は,原子が荷電粒子との弾性衝突により反跳を受け,正規の格子点からたたき出されて格子間に入ることによるので,重粒子のほうがより大きな効果を与えるのである.入射粒子の飛程の終わり近くでは,熱スパイク(thermal spike)とよばれる局所的溶融現象が起こる.半導体やイオン結晶などでは,違った原因による放射線損傷があり,γ線や電子線の効果も重荷電粒子の効果と同程度になる.これらはおもに原子の電子的励起・電離に起因するので,生体の放射線障害と原因を同じくしている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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