近世日本で行われた明・清両朝楽曲の総称。明楽は17世紀中ごろ,福建省の人,魏双侯(ぎそうこう)(1613?-90ころ)が長崎に伝え,やがて京都に上って内裏でも奏した。魏双侯の曾孫の魏皓(ぎこう)(字は子明,?-1774)も1770年(明和7)前後の10年あまりを京都に居住し100人以上の弟子を育て貴族諸侯の愛好を得た。1768年に江戸,京坂で刊行された《魏氏楽譜》には伝来の200余曲中,50を収める。《賀聖朝》など雅楽的色彩が濃く歌い出しが終止音と同音の小曲が多い。80年刊《魏氏楽器図》に竜笛(りゆうてき),横簫(おうしよう),篳篥(ひちりき),巣笙の管,琵琶,月琴,小瑟の弦,大小鼓,雲鑼(うんら),檀板の打楽器をのせるが歌唱が主である。これを明代俗曲を多数あげる小説《金瓶梅》中のものと比べると楽器は似るが楽曲は異なる。
魏皓の後,明楽はすたれ,19世紀前半には清楽が長崎に伝入した。なかでも金琴江と林徳健が有名で,琴江の門弟に医師の曾谷長春らがいて江戸で広め,渡辺崋山,平井連山,長原梅園などが長春に学んだ。連山,梅園の女性2人は安政の大火(1854)で大坂に移り京坂に清楽をもたらし明治以降もますます発展した。一方,林徳健の弟子には鏑木渓庵,三宅瑞蓮らがおり,渓庵は江戸で数百名を擁する勢力をもち,瑞蓮の方からは今日の伝承者,中村きらが出ている。清楽の楽曲は明楽も入るが多く世俗的で芝居歌を含む長い曲や劇中の器楽曲がある。楽器は笙,篳篥,瑟をやめ,チャルメラ,蛇皮線,洋琴に胡弓類,片鼓など打楽器を加えたが曲譜題名に用いられるごとく月琴が主要となる。〈温柔和暢〉の風格に異国情緒も伴って上流社会に入れられ明治中期まで流行し,箏曲に影響を与え邦楽も奏し替歌まで生まれた。《九連環》は最も有名で法界節の〈ほうかい〉や落語《らくだ》の〈かんかんのう〉もこれより出ている。中国音で歌うため詞に片仮名をつけ伴奏に工尺譜を用いる楽譜は独得で,中国近世音楽の貴重な資料でもある。日清戦争以後,急速に衰微し,月琴は大正琴に取って代わられ,今日では長崎に若干の楽曲を残すにとどまる。
執筆者:吉川 良和
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
明代末期以降、日本に伝えられた中国の民間音楽。元来、明楽と清楽は別種の音楽であり、伝来の時代も経緯も異なるが、日本では両者をあわせて「明清楽」と称している。また明楽の伝承が衰えたあとでも、その楽曲の一部は清楽のなかに吸収されており、こういった清楽も普通「明清楽」と称する。明治期に家庭音楽として流行した明清楽は、おもに後者のほうをさす。
明楽は、江戸時代初期に長崎へ渡来した明人魏之琰(ぎしえん)(のち日本へ帰化して鉅鹿(おおが)氏を名のる)によって伝えられた。之琰の曽孫(そうそん)の魏皓(ぎこう)は宝暦(ほうれき)(1751~64)末年に京都へ上り、明楽を教授して百余名の門弟を得たといわれる。しかし明楽は一般にはあまり普及せず、清楽の伝来とともに急速に衰えて、『秋風辞』など楽曲の一部がかろうじて清楽に吸収されるにとどまった。一方、清楽は文政(ぶんせい)年間(1818~30)に、やはり長崎へ渡来した清人金琴江らによって伝えられ、渡辺崋山(かざん)などの知名人もこれをたしなんだ。のちに大坂で活躍した平井連山(れんざん)(1798―1886)はこの系統の出である。これとは別に、天保(てんぽう)(1830~44)初年に清人林徳健が長崎に渡来して、穎川春漁(えがわしゅんぎょ)らに清楽を伝授し、この系統は幕末の江戸に広く普及した。
明楽も清楽も声楽中心ではあるが、そこで用いられる楽器の種類は数多く、明楽では11種、清楽では17種が用いられている。なかでも清楽の月琴はもっとも普及した楽器で、この楽器のための楽譜類も相当数出版されている。清楽の大小200曲余のレパートリーのうち『算命曲』『九連環(きゅうれんかん)』『抹梨花(まつりか)』などは、当時広く愛唱されたものである。しかし、明治の一時期には邦楽、洋楽とともに家庭音楽としての一翼を担っていた清楽も、日清戦争以後急速に衰えて、現在長崎県にレパートリーのいくつかが伝承されているにすぎない。
[千葉優子]
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[第6期]
洋楽輸入時代(19世紀後期~20世紀初期) 明治時代全期を指す。明治維新により欧米との交渉が開け,洋楽と清楽(前代の明楽を吸収して明清楽(みんしんがく)ともいう)が輸入された。もっとも,洋楽は室町末期にキリスト教とともにキリシタン音楽として伝来し,日本人も習ったりしたが,まもなく鎖国となり,まったく行われなくなった。…
…中国では宋代以後,古い形にとらわれずに新しい琵琶様式をつくりあげていった。ことに南部では声楽曲の伴奏用に広く愛用され,語り物としての〈弾詞(だんし)〉になくてはならないものとなり,また明代以後は他の楽器と組み合わされて新しい合奏音楽をつくるのに役立てられた(この合奏形態は日本にも伝えられ〈明清楽(みんしんがく)〉と呼ばれた)。一方,北部ではむしろ独奏楽器として発達し,純器楽的表現のみならず,自然現象を模倣する写実技法を織り交ぜながらフラメンコ風の華麗な技巧をこらした指爪弾法を応用するようになった。…
※「明清楽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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