コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

明清楽 みんしんがく

5件 の用語解説(明清楽の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

明清楽
みんしんがく

中国の近世音楽の明楽と清楽との総称,あるいは明楽曲をも一部に取入れた清楽の日本での俗称。明楽は,明末の乱を避けて寛永6 (1629) 年長崎に亡命した明人魏之 琰 (双侯) が日本に伝えた明の俗楽。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

みんしん‐がく【清楽】

近世に中国から日本に伝来した俗楽。明楽と清楽とを総称したもので、清楽家が明楽をも演奏するようになり、この名称が起こった。日清戦争以後、急速に衰え、現在は長崎市でわずかに伝承されている。→清楽明楽

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

みんしんがく【明清楽】

近世日本で行われた明・清両朝楽曲の総称。明楽は17世紀中ごろ,福建省の人,魏双侯(ぎそうこう)(1613?‐90ころ)が長崎に伝え,やがて京都に上って内裏でも奏した。魏双侯の曾孫の魏皓(ぎこう)(字は子明,?‐1774)も1770年(明和7)前後の10年あまりを京都に居住し100人以上の弟子を育て貴族諸侯の愛好を得た。1768年に江戸,京坂で刊行された《魏氏楽譜》には伝来の200余曲中,50を収める。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

みんしんがく【明清楽】

日本で演奏された中国の近世音楽。明楽と清楽を合わせた日本での俗称であるが、内容的にはほとんど清楽。江戸末期から明治中期まで盛んに演奏された。 → 明楽清楽

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

明清楽
みんしんがく

明代末期以降、日本に伝えられた中国の民間音楽。元来、明楽と清楽は別種の音楽であり、伝来の時代も経緯も異なるが、日本では両者をあわせて「明清楽」と称している。また明楽の伝承が衰えたあとでも、その楽曲の一部は清楽のなかに吸収されており、こういった清楽も普通「明清楽」と称する。明治期に家庭音楽として流行した明清楽は、おもに後者のほうをさす。
 明楽は、江戸時代初期に長崎へ渡来した明人魏之(ぎしえん)(のち日本へ帰化して鉅鹿(おおが)氏を名のる)によって伝えられた。之の曽孫(そうそん)の魏皓(ぎこう)は宝暦(ほうれき)(1751~64)末年に京都へ上り、明楽を教授して百余名の門弟を得たといわれる。しかし明楽は一般にはあまり普及せず、清楽の伝来とともに急速に衰えて、『秋風辞』など楽曲の一部がかろうじて清楽に吸収されるにとどまった。一方、清楽は文政(ぶんせい)年間(1818~30)に、やはり長崎へ渡来した清人金琴江らによって伝えられ、渡辺崋山(かざん)などの知名人もこれをたしなんだ。のちに大坂で活躍した平井連山(れんざん)(1798―1886)はこの系統の出である。これとは別に、天保(てんぽう)(1830~44)初年に清人林徳健が長崎に渡来して、穎川春漁(えがわしゅんぎょ)らに清楽を伝授し、この系統は幕末の江戸に広く普及した。
 明楽も清楽も声楽中心ではあるが、そこで用いられる楽器の種類は数多く、明楽では11種、清楽では17種が用いられている。なかでも清楽の月琴はもっとも普及した楽器で、この楽器のための楽譜類も相当数出版されている。清楽の大小200曲余のレパートリーのうち『算命曲』『九連環(きゅうれんかん)』『抹梨花(まつりか)』などは、当時広く愛唱されたものである。しかし、明治の一時期には邦楽、洋楽とともに家庭音楽としての一翼を担っていた清楽も、日清戦争以後急速に衰えて、現在長崎県にレパートリーのいくつかが伝承されているにすぎない。[千葉優子]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の明清楽の言及

【日本音楽】より


[第6期]
 洋楽輸入時代(19世紀後期~20世紀初期) 明治時代全期を指す。明治維新により欧米との交渉が開け,洋楽と清楽(前代の明楽を吸収して明清楽(みんしんがく)ともいう)が輸入された。もっとも,洋楽は室町末期にキリスト教とともにキリシタン音楽として伝来し,日本人も習ったりしたが,まもなく鎖国となり,まったく行われなくなった。…

【琵琶】より

…中国では宋代以後,古い形にとらわれずに新しい琵琶様式をつくりあげていった。ことに南部では声楽曲の伴奏用に広く愛用され,語り物としての〈弾詞(だんし)〉になくてはならないものとなり,また明代以後は他の楽器と組み合わされて新しい合奏音楽をつくるのに役立てられた(この合奏形態は日本にも伝えられ〈明清楽(みんしんがく)〉と呼ばれた)。一方,北部ではむしろ独奏楽器として発達し,純器楽的表現のみならず,自然現象を模倣する写実技法を織り交ぜながらフラメンコ風の華麗な技巧をこらした指爪弾法を応用するようになった。…

※「明清楽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

明清楽の関連キーワード組合教会硬質米和字五十集校区沢鵟日本米小啄木鳥ルミラー

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone