家長としての地位やさまざまな財産を末子が相続継承する方式を一般的に末子相続(ばっしそうぞくとも読む)という。末子相続は世界的にみれば,ヨーロッパ,中央アジアの遊牧民,北東アジアの狩猟民,東南アジアの農耕民などに点々と行われているが,日本では西南日本の村落で主に行われている。
日本における末子相続の具体的方法はかなり複雑である。最も多いのは子どもたちのうち長男から順に分家して,最後に残った末子が相続する方法であり,このほかには一度分家や転出した末子がふたたび両親のもとにもどって相続する方法もある。また親が長男にあとを譲ったのち,次・三男や女子を連れて隠居分家をくりかえし,最後に親と同居した末子が親のあとをつぐ方法も,一般的には長男相続(長子相続)と隠居分家の制度であるが,これも事実上末子相続に非常に近い相続形態である。
末子相続の特徴の一つは,末子相続といいながらも,相続継承者が末子に規定的に限定されないことであり,長男や仲兄(ちゆうけい)の相続もかなり認められる。したがってこの点では規定的に相続継承者が限定されている姉家督(あねかとく)相続や長男相続と対照的であり,むしろ複数の相続候補者の中から一人の相続人を選ぶ選定相続にきわめて近いといえる。選定相続と末子相続の差はきわめて微妙であるが,どちらかといえば選定相続が長男や次男など,子どもたちのうちでも早く生まれた者にかたよる傾向があるのに対して,末子相続は遅く生まれた末子にかたよる傾向が見られる点が異なるといえる。この点において末子相続は末子規定的相続ではなくて,末子優先的相続である。また財産の分与は,相続者に一括して財産が相続される形態ではなく,兄弟全員に均分的に相続される傾向があり,この点においても姉家督相続や長男相続における一括相続的傾向と異なる。
こうした末子相続が日本において西南日本に主に分布していることは,この地域の家族の構造に関連しているからである。末子相続と家族の構造との関連は次の2点において重要である。第1は小家族形態との関連である。末子相続を相続の時間的観点からみれば,両親と相対的年齢の近い長男たちを避けて,年齢が遠い末子,および末子の妻や子どもたちと家族を構成する形態であり,家族規模を少しでも大きくしようとする制度ではなくて,逆に家族規模を少しでも小さくしようとする相続制度である。この点で末子相続を採用している家族は,小家族を志向する家族である。第2に相続者が規定的に限定されず,また財産が一括して相続されない傾向にあるところから,家族の観念が家永続を必ずしも第一義的に志向していない点である。末子相続を採用している家族では,しばしば本家と分家が不明確であり,また祖先祭祀が超世代的一系的に連続しない傾向がある。こうした家族は東北や北陸,近畿地方などに展開した直系型の家族構造とはきわめて異質的である。明治民法がこの末子相続を禁止したのも,明治民法の規定する家父長制的家族とまったく相いれなかったからである。
→相続 →長子相続
執筆者:上野 和男
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成人した兄弟(姉妹)の最若年者が財産、地位を相続、継承すること。「ばっしそうぞく」とも読む。兄たちが次々に独立したあと、末弟が親と同居し、両親を扶養する形をとることが多い。英語のultimogenitureは、19世紀末のイギリスで相続法用語に採用されたが普及しなかったのに対し、日本では長男子相続慣行に対置すべき民俗として注目された。末子相続が一社会内で一般化するにはその社会の多数の家族で複数の男子が成人する必要がある。人口の停滞的な前近代社会では一家族当りの成人する男子が1人前後だったから、子供の多い一部の重婚的富裕世帯以外では末子を選ぶ意味はなく、一般に平均寿命も短く、兄たちの独立後に両親が生存する確率も小さかったので、末子相続を考えにくい。これに対して、一家族当りの成人する男子数が増加し、平均寿命が延びて、兄たちの独立後も両親が生存しやすかった近代初期の人口急増過程には末子相続が増加する条件があった。また、普通は兄たちに不動産を分与するので不動産権がやや不明確で分与操作の容易な移動畑農耕民、遊牧民に末子相続が多い傾向もある。瀬戸内、九州各地などの農漁村に末子相続が多かったのも、小面積で主食を確保できたサツマイモ地帯では、不動産分与が容易だったことと関係するのかもしれない。断片的末子相続事例は、日本でも近世前半までみられた男子均等分割相続と、早婚の両親が若い末子を扶助する傾向とが複合した偶発的事例であろう。
[佐々木明]
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…家長としての地位やさまざまな財産を末子が相続継承する方式を一般的に末子相続(ばっしそうぞくとも読む)という。末子相続は世界的にみれば,ヨーロッパ,中央アジアの遊牧民,北東アジアの狩猟民,東南アジアの農耕民などに点々と行われているが,日本では西南日本の村落で主に行われている。…
…相続慣行としては,江戸時代初期は分割相続が盛んであったが,やがて先祖伝来の田畑家屋敷を家産として家相続人(通常は長男,長男が耕作能力を欠く時は二・三男,養子,弟などがなることも多い)に包括承継させ,被相続人の取得財産は他子にも分与する家産単独相続が,最も一般的な相続形態となった。しかしなお,分割相続,末子相続,姉家督,妻による相続(主として中継相続)なども見られた。一般的な単独相続化傾向が,分地制限令の結果であるかどうかは問題がある。…
※「末子相続」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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