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本多光太郎 ほんだ こうたろう

美術人名辞典の解説

本多光太郎

物理学者。愛知県生。東大卒。長岡半太郎の指導のもとで磁気歪現象を研究、東大講師・欧米留学・東北大教授を経て東北付属鉄研究所所長となる。強力磁石鋼としてのKS鋼および新KS鋼発明は有名。東北大総長・同大名誉教授・東京理科大学長を務める。文化勲章受章。昭和29年(1954)歿、83才。

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百科事典マイペディアの解説

本多光太郎【ほんだこうたろう】

物理学者。愛知県生れ。1897年東大物理学科を出て,1907年―1911年ヨーロッパ留学,1911年東北大教授。1922年金属材料研究所を創設し所長となり,1931年―1940年東北大総長。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

本多光太郎 ほんだ-こうたろう

1870-1954 明治-昭和時代の物理学者,金属学者。
明治3年2月23日生まれ。44年東北帝大教授。大正8年同大付属鉄鋼研究所(のち金属材料研究所)所長となり,昭和6年同大総長。強力磁石鋼のKS鋼,新KS鋼を発明し,またすぐれた後進をそだてた。大正5年学士院賞。昭和12年文化勲章。24年東京理大初代学長。昭和29年2月12日死去。83歳。三河(愛知県)出身。東京帝大卒。
格言など】今が大切,努めて止(や)むな(研究生活での口癖)

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世界大百科事典 第2版の解説

ほんだこうたろう【本多光太郎】

1870‐1954(明治3‐昭和29)
金属学研究に物理学の方法を導入して,金属物理学および物理冶金学の分野を開いた物理学者。愛知県の農家に生まれ,1897年東京帝国大学理学部物理学科卒業。1901年講師,07‐11年外国留学。大学院・講師時代は長岡半太郎の指導下で強磁性金属の磁化,応力,ひずみの相互関係について,外国ではゲッティンゲン大学のタンマンG.Tammann(1861‐1938)のもとで2元合金の磁性,ベルリンではデュボアH.DuBois(1863‐1918)のもとで43種の元素単体の磁性とその温度変化についてそれぞれ研究した。

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大辞林 第三版の解説

ほんだこうたろう【本多光太郎】

1870~1954) 物理学者・冶金やきん学者。愛知県の生まれ。東大卒。東北大で、金属材料研究所を創設。 KS 鋼・新 KS 鋼を発明。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

本多光太郎
ほんだこうたろう

[生]明治3(1870).2.23. 愛知
[没]1954.2.12. 東京
物理学者,冶金学者。東京帝国大学物理学科卒業 (1897) 。 1907年からドイツ,イギリス,フランスに留学,東北帝国大学理科大学教授 (1911) 。同大学金属材料研究所所長 (22) 。東北帝国大学総長 (31) 。退官後は 49~53年まで東京理科大学学長をつとめた。長岡半太郎とともに磁歪 (じわい) を研究,分子磁石説を提唱。 16年タングステン鋼にコバルトを添加することにより,安価で耐性のよい強力な磁石用合金 (KS鋼) を発明,33年さらに強力なネオ KS鋼を発明。 37年文化勲章受章。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

本多光太郎
ほんだこうたろう
(1870―1954)

物理学者。愛知県矢作(やはぎ)町(現、岡崎市)生まれ。1897年(明治30)東京帝国大学理科大学物理学科を卒業、大学院に進み1906年(明治39)理学博士の学位を得た。翌1907年、東北帝国大学教授に内定、同年ドイツに留学。1911年帰国して東北帝大教授の職につき、1919年(大正8)には同大学附属鉄鋼研究所(のち金属材料研究所)所長、1922年金属材料研究所所長となり、1931年(昭和6)同大学総長に就任した。1949年からは東京理科大学学長。
 東京帝大では長岡半太郎の指導で磁気歪(じきひずみ)を研究し、のち鉄鋼および鉄合金の物理冶金学(やきんがく)的研究を進めた。1916年(大正5)高木弘(たかぎひろむ)(1886―1967)とともにKS磁石鋼を発明した。これは当時最優秀とされたタングステン磁石鋼と比べて保磁力が4倍ほども大きな永久磁石であった。KSというのは研究援助者の住友吉左衛門(すみともきちざえもん)(15代友純(ともいと)、1865―1926)の頭(かしら)文字をとったものである。しかしこの発明は日本では工業化されず、そのアメリカ特許権はウエスタン・エレクトリック社(現、アルカテル・ルーセント社)に譲渡され、アメリカで実用化された。この磁石は1931年に三島徳七がMK鋼、1933年に本多と増本量(ますもとはかる)、白川勇記(しらかわゆうき)によって新KS鋼が発明されるまで世界でもっとも優れた永久磁石であった。
 彼の多くの門下から国際的業績が生まれ、東北大金属材料研究所は、この分野における世界のメッカとなった。1937年(昭和12)日本金属学会創立とともに初代会長に就任。帝国学士院賞(1916)、第1回文化勲章(1937)を受けた。[山崎俊雄]

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