書物を入れておく箱のこと。西洋では本来,聖書などを入れる〈バイブル・ボックス〉のように単純な蓋付きの箱を意味したが,後には書物をのせる棚と扉を備えた戸棚の形式を意味するようになった。ブックケースという語は一般にガラスの入った扉付きの戸棚を指すので,棚だけを備えた書棚book shelfとは区別する。ヨーロッパでは16世紀末ころまでチェスト(櫃)に書物や貴重品などを納めていた。書物の出版が盛んになった17世紀には,上流階級の邸館内に書斎が設けられるようになり,装丁を施した高価な書物を収納するための戸棚が建物に造り付けになった。17世紀中ごろには独立したブックケースが現れ,デザインも室内の壁面の装飾に対して重要な要素となったので,家具というよりは建築的なデザインの一部をなすようになった。18世紀前期にはイギリスの建築家W.ケントやラングリーBatty Langley(1696-1751)がパラディオ風の古典主義的なデザインを取り入れた。T.チッペンデールは頂部に破風,正面の縦3ブロックのうち中央部を前に張り出し(ブレーク・フロントbreak front),幾何学的な組格子のガラス扉をつけた古典主義様式のものを製作し広く流行した。イギリスではリージェンシー時代には,書籍のみならず,陶磁器や骨董品も本箱に飾られた。18世紀には書斎以外の所で自由に読書を楽しむために,小型のブックスタンドがフランスで考案され,安楽椅子とともに寝室や居間に設置されたが,後期にはむしろイギリスで流行し,19世紀には回転式のものも現れた。
執筆者:鍵和田 務
〈本箱〉という呼名は近世になってからで,書物の収納箱は時代によって,形も呼名も変化している。古代から中世まで最も多く使われたのは唐櫃(櫃)である。これを書櫃(ふみひつ)と呼んでいた。当時の書物は巻子(かんす)形式のものが多かったため,またこのころ書物などを所有していたのは官庁とか朝廷,大寺院に限られており,多量の書物を倉に納めるには唐櫃が便利だったためである。室内用としては厨子が使われていた。このほか〈ふみばこ(文箱,笈)〉といって紐をつけ,背負って運ぶ本箱もあった。中国から入ってきたもので元来は実用的なものであったが,日本では沈(じん)などの銘木で作り,趣味的,愛玩的に用いたようである。鎌倉時代になると,唐櫃に代わって脚のつかない和櫃が多く使われるようになる。被せ蓋(かぶせぶた)で,両側面に環がつき,ここに紐をつけて蓋の上で結ぶ。書物の普及につれて書櫃もしだいに簡略化してきたのであろう。一方,室町時代末から近世初めころになると引出し形式の本箱が現れてくる。大きさや寸法はさまざまであるが,前面に慳貪(けんどん)蓋がつき,なかに引出しが並んでいて,例えば《源氏物語》一そろいを一つの本箱に納めるのである。このころ多くなってきた冊子形式の書物に応じて生まれ,何分冊かになる長い物語本などを数冊ずつ引出しに入れて取り出しやすいように考案された。これは書物簞笥とか書物箱と呼ばれ,蒔絵などで美しく飾られたぜいたく品であった。江戸時代になると,本箱と呼ばれるものが出てくる。桐,檜,杉などで縦形の箱を作り,なかに2,3段の棚を入れ,慳貪蓋をつけたもので,白木づくりが多い。書物が大衆化し,実用的で簡便な本箱が求められた結果である。この本箱は明治から大正初めころまで使われていたが,一方,明治中期ころになると,書棚形式で前にガラス戸がついた本箱が出てきた。洋家具の影響と洋装本の普及に対応したものである。
執筆者:小泉 和子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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