日本中世における漁民の長の称号。《和名類聚抄》が〈漁翁〉を〈むらきみ〉と訓ずるところから,村君はまず老練な長老的漁民を意味していたと推定される。そして,中世若狭国の漁村史料には〈大網むらきみ職〉〈本あみのむらきみ〉などの職名が見え,《宇津保物語》に〈むらぎみ召して大網曳かせ〉という一節があることから,村君がとくに網漁を指揮する存在であったことがわかる。村君という名まえの由来や,彼らが網漁とかかわって現れることの理由を詳しく知ることはできないが,おそらく大網が中世漁業における最も協業的な漁法であったこととなんらかの関係があったのであろう。西行が備前国児島で見聞した網漁において,一の竿を立て始めるときの呪詞を唱えた〈年高きあま人〉(《山家集》)の姿は,上記のような村君の姿を比較的よく示しているといえよう。なお村君に近似した職名としては,これも若狭国の漁村史料に見える〈多烏網の音頭〉,つまり網を操作するときの音頭とりに由来する〈音頭〉という職名をあげることができる。
執筆者:保立 道久
村君(村吟味)はムラギン,ムラメギ,ムラゴミなどとも呼ばれる。漁村における漁業の指揮者や世話役をこのように呼ぶ例はとりわけ九州に多く,なかでも種子島では,〈べんざし〉とともにムラギミという役割が,今日も存在する。種子島北部の漁村では,明治以降トビウオの共同漁労が盛んに行われてきたが,この共同漁労に当たっての世話役をベンザシまたはムラギミと呼んでいる。あるいは,ベンザシを補佐する役目をムラギミと呼ぶ村もある。ムラギミは共同網の管理,魚群の探知にあたる浦見(うらみ),実際の漁労に際しての指揮,漁業の神である〈えびす〉の祭祀など,共同漁労にかかわるいっさいの世話をする。また伊豆内浦のように,村君(津元)は,大網漁業の事業主であり,村の責任者である庄屋であることも多い。漁業の指揮者であるか,浦の支配者であるかは別として,中世における浦制度のなごりとして,村君やベンザシを考えることは可能であろう。
執筆者:高桑 守史
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
漁村における漁業上の指導者のことで、『播磨国風土記(はりまのくにふどき)』などの古い文献にもみえることば。ムラギメ、ムラギン、ムラガミなどともいわれ、現在、主として瀬戸内海から九州地方に残り伝えられている。村君といえば一般に、漁業における網主・親方などの経営主、または漁夫長・漁労長などの沖合いでの作業上の指揮者をさす。しかし、江戸時代に伊豆の内浦(現沼津市)での村君は村の大網漁の経営主であるとともに村を支配する名主を務めた事実や、長崎県の福江島で村君が区長のような村の役職をさしている例からみると、元来は漁業だけではなく、村落生活全般において指導的地位にあった者、つまり村の長(おさ)のことをさしたものらしい。
[野口武徳]
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