東国地方の歌の意で、『万葉集』巻14と『古今集』巻20の、「東歌」という標題のもとに収められた和歌の総称。万葉集東歌、古今集東歌と、単独ででもいう。
[遠藤 宏]
全部で230首(異伝歌のうち一首全体を記すものを加えると238首)あり、遠江(とおとうみ)国、信濃(しなの)国以東の駿河(するが)、伊豆、相模(さがみ)、武蔵(むさし)、上総(かずさ)、下総(しもうさ)、常陸(ひたち)、上野(こうずけ)、下野(しもつけ)、陸奥(むつ)、計12か国の90首と、国の不明な140首とに分けて並べられている。これらのなかには東国に下った都の貴族の作とおぼしき歌も少数混入しているが、多くは労働や儀礼などの場で歌われた民謡や酒宴の席で歌われた歌など、東国の人々に共有されていた歌謡と思われる。したがってすべて作者不明。またすべて整った短歌形式だが、もとは整わない形のものも多かったと考えられる。このような万葉集東歌のおもな特徴を以下にあげる。
(1)労働などの一場面や身近な動植物その他の自然を生きた目でとらえた、いわば生活に密着した素材が取り上げられていること
(2)一首の前半から後半への意外な転換
(3)その結果として生じる笑いの世界
(4)抑制の少ないあらわな感情の表出
(5)(恋の苦しさを歌ってさえ)健康的で明るいこと
(6)方言、俗語など自分たちのことばを使っていること
このような特徴は多く民謡の特徴でもあるのだが、全体として、素朴で生き生きとした歌いぶり、土の匂(にお)いに地方の民衆の息吹が感じられ、国語資料としても貴重な方言とともに、『万葉集』のなかでも異色の歌群として注目される。
「多摩川にさらす手作(てづく)りさらさらに何(なに)そこの児(こ)のここだ愛(かな)しき」
[遠藤 宏]
伊勢(いせ)国以東の甲斐(かい)、相模、常陸、陸奥、計5か国の13首。宮中の大歌所(おおうたどころ)で管理され、神事その他の儀式の際に音楽とともに歌われたものと考えられる。万葉集東歌との間に類似の発想や語句を有し、元来は民謡あるいはそれに類する歌であったと思われる。万葉集東歌よりはよほど洗練された歌風だが『古今集』のなかでは異色の歌である。
「陸奥(みちのく)はいづくはあれど塩釜(しほがま)の浦こぐ舟の綱手悲しも」
[遠藤 宏]
『田辺幸雄著『万葉集東歌』(1963・塙書房)』▽『大久保正著『万葉集東歌論攷』(1982・塙書房)』
〈あずま〉とは古代日本の辺境としての東国をさし,そこで行われた地方歌謡をいう。東歌の名は《万葉集》巻十四にみえ,その巻全体が230首の東歌で占められている。また《古今集》巻二十も13首の東歌を収めるが,東国歌謡の特色を顕著に示すのは《万葉集》の方である。《万葉集》東歌の範囲は,遠江より東の駿河,伊豆,信濃,相模,武蔵,上総,下総,上野,下野,常陸,陸奥の12ヵ国に及び,なお国名不明の140首を数える。巻十四ではこれらに雑歌(ぞうか),相聞(そうもん),譬喩歌,防人歌(さきもりうた),挽歌の類別を施しているが,最も多いのは相聞(恋歌)の188首である。そして歌体はすべて短歌形式で作者名は記されておらず,歌詞のはしばしに東国方言がみられる。以上の態様は東歌が古代東国に口誦された在地歌謡であったことを示し,都人・旅行者の作が交じるとしてもその数はごくわずかとしてよい。若干の東歌をひいて特色をみるなら,〈多摩川にさらす手作りさらさらになにぞこの児(こ)のここだ愛(かな)しき〉(武蔵国,相聞),〈上野(かみつけの)安蘇(あそ)の真麻群(まそむら)かき抱(むだ)き寝(ぬ)れど飽かぬをあどか我がせむ〉(上野国,相聞),〈稲搗(つ)けば皹(かか)る我が手を今夜(こよい)もか殿の若子(わくご)が取りて嘆かむ〉(国名不明,相聞)のように,その多くは労働作業の描写がただちに比喩として愛情の表現に結びついており,独特な生活臭と野性の魅力を放っている。こうした東歌はおそらく筑波山の〈かがい〉に代表される東国の歌垣(うたがき)でうたわれたはずで,それらが古代における宮廷と東国との特別な社会的・政治的関係の中で宮廷の大歌所に集積され,《万葉集》にとりこまれたものらしい。東国は古代王権の支配が及ぶ先端の地であるだけに,東歌がその従属の一徴標として貢上されたのであろう。東歌に国名・地名を含む場合の多いこと,《古今集》の東歌が宮廷の祭式歌と同列に扱われているのは以上のことと関連しよう。なお《古今集》東歌の大半は陸奥の歌だが,それも王化の拡大に伴い辺境が北に移っていった事情にもとづくとみなされる。
執筆者:阪下 圭八
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「万葉集」巻14に収録される238首(うち8首が或本歌)の歌をおおう標題。勘国歌(国名判明歌)95首と未勘国歌(国名不明歌)143首からなり,それぞれ相聞(そうもん)・譬喩(ひゆ)歌などに分類されるが,うち相聞歌が8割以上を占める。すべて作者未詳。労働・土俗・性愛の表現に特徴があり,東国方言的要素(ただし音韻上の現象に偏る)を含む。また全歌が短歌形式に整えられていること,序詞(じょことば)をもつ歌や地名を含む歌が他に比べ多いこと,表記は1字1音を原則とするが整理者の統一の痕跡が著しいこと,中央の歌と用語や発想の共通性がみられることなどが指摘されている。東歌の特性を民謡性にみるか非民謡的性格を重視するかが,研究史上の争点となっている。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
…それぞれの歌数は,相聞がもっとも多く全体の半数近くを占め,雑歌,挽歌がこれについでいる。以上とは別に羈旅歌(きりよか)(旅中の作),譬喩歌(ひゆか),問答,東歌(あずまうた)(東国の歌)などの称もみられるが,いずれも歌数はやや少ない。歌の形態は5・7・5・7・7の5句からなる短歌(約4200首),5音・7音の句を基本としつつ句数が7句から百数十句に及ぶ長歌(265首)を中心としており,他に5・7・7・5・7・7の6句よりなる旋頭歌(せどうか)(61首)およびごく少数ながら,5・7・5・7・7・7の6句をもつ仏足石歌(ぶつそくせきか)がある。…
※「東歌」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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